地政学を英国で学んだ
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日本の国益を考える
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「リアリスト」とはそもそもどういう考え方をする人達なのか?

日本で「リアリスト」というと、あえて大雑把にいえば
いわゆる「現実派」というイメージになります。
汚い仕事からも目をそらさず実行するという「実務派」
という意味でとらえられがちです。

これはアメリカでも同じであり、政治信条などを度外視して、
生臭い権力闘争や、利権の力学で政治をおこなう実務派たちを
「リアリスト」と呼ぶことがあります。
例えば、チェイニー元副大統領などがその代表的な人物であり、
血の通わない冷酷な人物である、とみられがちです。

しかし、ここで解説したい「リアリスト」というのは、
そういった政府の「実務派」といった意味合いではなく、
「国際関係論」(International Relations)という学問の中の
「リアリズム」という理論を信じる学者たちのことになります。

▼「リアリズム」とは何なのか。

「リアリズム」といえば、美術などの分野では
「写実主義」のような意味になりますが、
国際政治を理論的に分析しようとする「国際関係論」という学問では、
ズバリ!「国際関係を、主に『権力(パワー)』という要素にしぼって
分析、予測する理論」ということです。

つまり、「リアリズム」とは、
「国際政治というのはすべて権力の力学による闘争なのだ!」
と現実的(realistic)に考える理論です。
よってリアリズム(現実主義)となるわけです。

さて、この理論の中核にある
「権力=パワー」というコンセプトがまずクセものです。

「リアリズム」学派では、伝統的に、

「権力=パワー」というのは、主に「軍事力」によって支えられる

と考えられています。よって、彼らにとってみれば、
国際政治を動かす「パワー(power)」というのは、
「軍事力による脅しや実際の行動(攻撃)によって、
相手の国を自国の意思にしたがわせる能力」
ということなのです。

究極的にいえば、「リアリズム」では、
この「パワー」こそが国際社会を動かす唯一最大の要素なのです。
ですから、ここに注目してさえいれば、
概ね相手の動きは読めてしまう、ということなのです。

このような考え方は、平和信仰の強い日本人にしてみれば、
「なんとえげつない理論だ」と思われることでしょう
ところが欧米の国際関係論の学界では、この「リアリズム」という概念が
一番説得力のある強い理論だとされており、
あえて刺激的な言い方をしますと、
これを知らない、いや、知っていても認めないのは、
アカく染まった日本の学者や知識人たちだけとも言える状況なのです。

国際関係学においては、
「リアリズム(現実主義派)」と「リベラリズム(自由主義)」
がメジャーな存在ですが、その他にも、
「マルクス主義」や、「コンストラクティビズム」などがあります。

※これを日本の政界の状態と照らし合わせてみると、
リアリズムは自民党、リベラリズムが民主党(旧社会党)、
そしてその下にマルクス主義の共産党、フェミニズムが社民党、
そして最近発達が目覚ましいコンストラクティビズムが公明党。
多少強引ではありますが、このような図式になりそうです。

リアリストたちが「国際社会はパワーの闘争によって動かされている!」
と考えていることはすでに述べたとおりですが、その彼らにすれば、
「平和」というのは単なる「闘争の合間の小休止」、
もしくは「軍事バランスがとれていて、お互いに手出しできない状態」
ということになります。

よって、軍事バランスがくずれれば、
世界の国々はいつでも戦争をおっぱじめる、
というのが彼らの言い分なのです。

では、国際社会を「平和」に保つためにはどうしたらいいのか?
彼ら「リアリスト」に言わせれば、そんなことは単純明快。

「軍事バランスを保つこと」。

より具体的に言えば、
世界中のライバル国家たちに軍事力でバランスをとらせて、
お互いに手出しさせないようにしなさい。ということなのです。

( おくやま )

とくにこのミアシャイマー氏はすごい。何がすごいのかというと、彼は「リアリズム」のなかでも、特に過激な「オフェンシヴ・リアリズム」(Offensive Realism=攻撃的現実主義)という理論を一人で立ち上げた、強烈な個性を持つ学者だからである。 ▼ミアシャイマー氏の「攻撃的」なリアリズム この「オフェンシヴ・リアリズム」という理論を一言でいえば、「すべての国家(特に大国)は、生き残りの目的のために世界制覇を目指す」というブッ飛んだ仮説を持っているのである。 なんでこういうことを考えるのかというと、ミアシャイマー氏の見るところ、すべての国家には、本能として「生き残る」(survival)ということが備わっているからである。ようする国家というのは人間と同じで、何かを成す前に死んでしまっては元も子もない。まず自国の「安全第一」なわけである。 よって、全世界の国々には、一部の小国の例外を除いて、自国の安全を守るために、何かしらの攻撃力のある軍事力(「人に優しい」武器・兵器などない!)を必ず持っている。日本の自衛隊も例外ではないのは、おわかりいただけるはずだ。 なぜ攻撃的な軍事力を持つのかというと、この地球には世界政府のような最高権威がいないからである。地球という「村」には、「国家」という一人の住人が110番して助けを求められるような、いわば「地球村・中央警察」のような頼りになる機関がないのである。 だから国家というのはこのような無政府状態(アナキー)というシステムの中では、常に一定の生き残るために必要な恐怖にさらされている。しかも他国が何を考えているのか、そのすべて知るのは不可能である。だから「他国不信」という恐怖をいつも感じざるを得ないのである。 この「恐怖から逃れたい!」という国家の欲望が究極までいくと、最後の絶対安心できる状態とは「世界制覇をすること」になる。なぜなら、世界制覇をして自分がナンバーワンになってしまえば、他国に攻撃されることはないからだ。当たり前である。世界制覇してしまえば、理論的には「他国」さえ存在しなくなってしまうからだ。 よってすべての国家は、なんとかして他の国を出し抜いて、国力や軍事力をより蓄えようとする傾向がある。だから国家は本能的に「攻撃的だ」、というのが、このミアシャイマー氏の「オフェンシヴ・リアリズム」の理論なのである。 ▼リアリストの「冷酷な計算」 鋭い方はここで「シャキーン!」と気がつくはずだ。ミアシャイマー氏の国際分析の理論には、「どちらが正義だとか悪だ」というような政治的な価値判断が、全く含まれていない、ということを。 これは彼の相棒であるウォルト氏にも言えることなのだが、総じてリアリストというのは、すべての国家の外交政策を決める要素は、軍事力や国力がベースとなる「権力(パワー)である」と割り切っているため、政策分析に余計な道徳判断を入れない。ようするに「どちらが道義的に正しい/悪い」ということは、一切考えないのである。 よって、彼らはナチスがユダヤ民族を抹殺しようとしていた、というようなことは、全く分析の対象にしない。彼らはただ冷酷に、当時のドイツ周辺の国家の力学や軍事バランスだけを見て「なぜこういう安全保障問題が起こったのか?」と物理的、科学的に考えるのである。「戦争へ突入していく政治的な理由」などは、彼らにとっては論外の話なのである。 このような冷酷な分析の仕方であるが、彼らの書いたものから実際に読み取ることができる。その例を見てみよう。 ▼ミアシャイマーの反撃 このような「意味深な捨て台詞」を残したネオコンのクリストルに代わって登場したのが、アメリカ最強のリアリスト学者、ジョン・ミアシャイマー教授である。 ミアシャイマーはまずクリストルの発言を引き合いに出して、今回の議論のメインテーマが「大量破壊兵器」(WMD)であり、しかも生物/化学兵器ではなくて、核兵器の抑止力の問題だと指摘した。 リアリストの学者にとって核兵器の抑止力について議論するというのは、強いて言えばドラえもんがドラ焼きについて語るようなものである。ようするに彼らの大好物であり、超得意分野なのだ。これは自分の得意分野に議論を引き込んだ、ミアシャイマ―の作戦勝ちである。 核兵器の抑止力の問題であることを宣言したミアシャイマーは、間髪を入れず、ここでわれわれに突き詰められた問題は「核兵器を手に入れたサダム・フセインを、アメリカは封じ込めることが出来るのか?」である、とずばり言いのけた。この答えが「イエス」か「ノー」か、ここが一番の問題なのだと迫ってきたのである。 もちろんミアシャイマーの答えは「イエス」であり「封じ込めることができる」と言い切った。そして最初に発言したウォルトと同じように、冷戦時代にアメリカがソ連を封じ込めて成功した例を引き合いに出して、以下のように語りはじめたのである。 「冷戦時代を考えてみろ、我々はピーク時に4万発以上の核弾頭を持っていたソ連を、45年間も封じ込めたじゃないか」「しかもソ連はフルシチョフやスターリンのような非情な独裁者たちのよって統治されていたんですよ」「ブッシュ大統領やライス補佐官なんかが『フセインが核兵器で我々を恐喝する』とか言っているが、あんなに核弾頭をもっていたソ連が我々を恐喝できなかったのに、フセインだけが我々を恐喝できるというのは、やっぱりおかしいでしょう」 このように、ミアシャイマーは非常にハッキリとわかりやすい英語で、ネオコン側がフセインの脅威を誇張していることをまずビシッと指摘したのである。 ミアシャイマーは次に、ネオコンの得意な「使命」「正義」というアメリカ人の愛国心に訴えかける議論を粉砕することに取り掛かった。一体どういう発言をしたのかというと、なんとアメリカが日本に対しておこなった悪行を、次々と述べ始めたのである。 「ビル(クリストル)はアメリカがイラクに対して大量破壊兵器で報復するかどうかわからないと言っておりましたが、みなさん、よく思い出してほしい。この世界の歴史で、他国に対して核兵器を使ったのはただ一国、われわれアメリカなんですよ!」 ほぼ爆弾発言であると言っていい。少なくとも歴史を知らない今のアメリカの若者たちにとっては、かなり耳に痛い議論であろう。さらにミアシャイマーはつづける。 「われわれに正義があるとは考えるな!我々は、恐ろしい国なんだ!」「だから他のどの国も、アメリカに対して大量破壊兵器を使おうとはしないんだ!」このような議論から、ミアシャイマーは「われわれには核兵器という抑止力がある、だからイラクを封じ込められるのだ!」と言いたいのである。 こういう議論の仕方は、ネオコンにはできない。ネオコンは「われわれは常に正義の味方だ!」と考えていたい人々であり、「まず我々が正義である」という前提から議論をはじめているのである。 ところがリアリストのミアシャイマーは「世界は国益の計算だけで動いている」と冷静に考えているため、「アメリカの『使命』や『正義』とかごちゃごちゃいうな!」「我々が持っている核兵器と軍事力が怖いから、奴らは反抗してこないのだ!」という冷酷な事実の確認から、議論をはじめたのである。 リアリストにとってなによりも重要なのは、あくまでも「事実」なのである。彼らは体の芯から「リアリスト」(現実主義者)なので、事実や物的な証拠という現実的なもの以外には、まったく目もくれないのだ。ネオコンがよく使う「アメリカの使命」や「正義」などは、彼らにとっては問題外の話なのである。 よってリアリストにすれば、ネオコンの前提である「正義」という幻想を叩きのめすことなど、赤子の手をひねるよりも簡単なのだ。 ▼ミアシャイマーの追撃 原爆を使用したのは世界でただ一国、このアメリカだ!という爆弾発言でネオコンたちのドギモを抜いたミアシャイマーは、さらにネオコンの切り札である「アメリカの正義」という幻想を、徹底的に叩きのめす発言を続けた。 「原爆投下は、世界史上でも最も激しいレベルの空爆に続いて行われたのだ!」「われわれは日本の住民を焼いて殺したのだ!」「1945年の3月から9月の間に空襲で90万人を殺し、二つの原爆を落としたのだ!」 あまりアメリカ人が聞きたくない史実である。しかしこれによってミアシャイマーが狙っていたのは、「アメリカは恐ろしいことができる国なのだ、だから他の国は怖がってアメリカに歯向かってこないのだ」ということを知らしめることなのである。 すでに述べたように、ミアシャイマーにとってアメリカが「正義」であるかどうかは、彼の「現実主義」(リアリズム)という流派の分析には全く関係がない。彼にとってはすべての国家は単なる「国家」であり、それ以上のものでもなければ、それ以下のものでもない。 よって、その行動のしかたはすべて同じであると考えるので、アメリカが怒ったときの恐ろしさ、アメリカの犯した罪などを発言で使うことは、全く平気なのである。 本稿ではこれに引き続き、リアリストたちの議論の核にある「地政学」のロジックを説明して、「リアリストたちの反乱」の最終回としてまとめてみたい。 この国際戦略コラムでも、江田島氏やF氏の議論で最近注目されているのが「地政学」(ジオポリティクス)であるが、これは一体どういうものかというと、無理やり一言でいえば、「地理と政治を有機的に関連づけながら、国際政治を研究する学問」だと言ってよい。もちろん古代からこういう研究はあったのだが、近代になって体系的にまとめられ始めたのは、19世紀のドイツ参謀本部の活躍からである。 この後、アメリカの海軍研究家であるアルフレッド・マハンや、イギリスの地理学者ハルフォード・マッキンダーによって一応の体系づけがなされたのだが、これを重要視して、自分たちの国際関係論 の学説にそのエッセンスを積極的に取り入れたのが、このリアリストたちなのである。 彼らリアリストたちの理論/学説が「リアリズム」(現実主義 realism)と呼ばれることはすでに何度も説明した通りだが、これが一つの体系としてまとめられたのは、第二次大戦後直後にハンス・モーゲンソーというシカゴ大学のリアリスト学者による功績が大きい。 彼は"Politics Among Nations"という本を48年に書き、これが学界では大評判になって、一気に国際関係論を大学で学ぶ人のための必読教科書にまでなったのだが、日本ではこの有名な本の全訳が出版されたのが、原書の初版から半世紀たった98年のことである。これからもわかる通り、とくにリアリズムの分野における日本の研究は悲惨の一言であり、ただ笑ってしまうしかないほどお粗末なものである。 ここで多少この学問に詳しい人間なら、「何をいうか、モーゲンソーは地政学を否定しているじゃないか!」とツッコミを入れたくなってしまうところだろう。たしかにその証拠として、この本のなかでモーゲンソーは地政学を、「地理という要因が国家の力を、したがって国家の運命を決定するはずの絶対的なものであるとみなす、えせ科学である」(邦訳では第十章の170ページ)などと断定している。 ところがすっとこどっこい、モーゲンソーはこの本の最も重要な部分で、アメリカの地政学者で戦略家であったニコラス・スパイクマンの書いた本のコンセプトを、そっくりのそのままマネして使っているのだ。どういうことかというと、モーゲンソーが一番力を注いでいる「バランスオブパワー」(balance of power)の説明は、スパイクマンがすでに論じたことの焼き直しだからである。 モーゲンソーはこの本の中で、スパイクマンの本を参考文献に挙げつつ地政学を批判しているのだが、そのくせリアリストの得意技である「バランスオブパワー」というコンセプトの説明では、すでにスパイクマンがその六年前(1942年)に書いていた『世界政治 World Politics)という本の中で語っていたことをソックリ拝借しているのである。 いいかえれば、この大リアリスト学者は、地政学の理論家を批判しつつもその重要な部分を継承しているということなのだ。これは経済学でいえば、マルクスがリカードをさんざん批判しつつも「労働価値説」をしっかりと受け継いだのと全く同じである。批判と継承は紙一重であることが、よくわかる。 ▼マッキンダーの考え方 話を地政学の祖、マッキンダーまで戻す。この人物は「人類の歴史は、シーパワーとランドパワーの闘争である」という公理(仮説)を主張して地政学の基礎を築いた。この「シーパワーとランドパワー」という部分を「階級」に置き換えると、社会経済学者マルクスの主張とソックリであることは言うまでもないのだが、本サイトでは江田島氏がこの「シーパワーvsランドパワー」の理論を核におきながら、ユダヤ人世界支配論を絡めて論じていることは、みなさんもすでにご存知のことであろう。 このような「マルクスそっくりの二分論」で世界政治の歴史を考えたマッキンダーだが、その他にも地政学の前提として、地球を一つの全体として捉え、そこから三つの地域に分類して捉えたことがさらに重要である。この三つの地域であるが、それぞれ見てみると、 1、「ハートランド」 2、「内側/周辺部の三日月地帯(リムランド)」 3、「外側/島々の三日月地帯」 ということになる。これは図があるとわかりやすいのだが、イメージ的には地球という丸い物体の上に楕円形の陸地(ハートランド)があり、それを二つの三日月の形をした地帯(リムランド&外側)が順々に囲んでいる、という構図になる。 マッキンダーはこの「外側/島の三日月地帯」には、彼の母国であるイギリス、そして日本とアメリカが含まれていると考えた。よって、彼の理論からいえば、世界支配のための最重要地帯、ハートランドを抱えるユーラシア大陸(世界本島)を、日米英は海を隔てて最も外側から囲んでいる、ということになるのである。このように、地政学の開祖であるマッキンダーが、「イギリス(と日本)とアメリカは世界本島の外に位置している」と考えていたことを、まずしっかりと憶えておいていただきたい。 ▼ミアシャイマーの「オフショア・バランサー」 ここで久しぶりにミアシャイマーに登場していただく。実は彼をはじめ、多くのリアリストの学者は、このマッキンダーの地政学的な考え方を、意識するしないにかかわらずしっかりと共有しているのだ。 ミアシャイマーの理論を復習しよう。まずかれは独自の「攻撃的現実主義」という理論を持っていることは、本連載コラムの第三回目(http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/k5/151122.htm)でもすでに説明した通りである。彼の理論をもういちど簡単にいえば、すべての(大)国は、自分たちの安全保障を、どんどん領土や軍事力を拡大する傾向があり、その最終目標は「覇権(へジェモニー hegemony)」になることである。もちろんこの状態に一番近いのは、冷戦後に事実上の超大国(スーパーパワー)になったアメリカなのであるが、だからといってミアシャイマーは、これでアメリカが世界を完全に支配できるのだとは露ほども考えていない。 ではなぜこれほど軍事的に強力なアメリカでも世界を完全支配できないのか?その最大の理由なのだが、ミアシャイマーのようなリアリストたちはその要因がズバリ「地理」にある、と考えるのだ。 ここで地政学との関係がでてくる。 まず地理的な事実として、地球はとにかくデカイ、ということがある。もちろんすべての国家は世界支配を目指すのだが、地球はとにかく広すぎるので、距離の関係から、アメリカでさえ力が及ばない地域が絶対に出てくるのだ。 たとえばアメリカが「ユーラシア大陸(ヨーロッパ&アジア)」を軍事&政治的に支配化に置こうとしても、そこにはどうしても「海」(この場合は大西洋)という「地理的な」障害がある。もちろん今はインターネットの時代でこのような地理的な要因は関係ないということも言えるのだが、われわれが物質の世界に生きている以上、地理的な宿命からはのがれられない。その証拠に、いくら時間が短縮されたといっても、アメリカが国内での物流や軍隊の派遣などを、ヨーロッパやアジアの奥地に向けて同じようにできるかといえば、それはやっぱりむずかしい。 このような海などの地理的な要因による力の及ばない地域が出てくる問題(これをミアシャイマーは"power projection problem"と呼ぶ)があるため、今の状態では、アメリカはせいぜい行っても「地域覇権国」(regional hegemony)どまりだと言うのだ。たしかに南北アメリカ大陸地域ではアメリカは圧倒的な地域覇権国であるが、海を越えてヨーロッパやアジアを含む全域を支配しているとは、とても言えない。 だからミアシャイマーのようなリアリストたちは、いくらがんばっても所詮アメリカはユーラシア世界本島の外側に位置しているという地理的な現実は変えられない、だから以前のイギリスのように、ユーラシア大陸という世界本島を外側から関与するだけの、いわゆる「オフショア・バランサー」(Offshore Balancer)になれ、というのである。 ここでの「オフショア」とはもちろん「沖」という意味であるが、それはどこに対しての「沖」なのかというと、ハートランドを抱えるユーラシア大陸(世界本島)に対しての「沖」、という意味なのだ。鋭い方はこれでお気づきだと思うが、これはマッキンダーが「米英日は世界本島から離れた一番外側の地域にある」と主張したことと、バッチリつながるのである。 ▼「名誉ある孤立」は自滅戦略? 以上のように地政学的に考えた結果、リアリストたちは「アメリカはイギリスである」と捉え、大英帝国時代のイギリスのようにヨーロッパ大陸をけん制する「オフショア・バランサー」になれと言う。「オフショア・バランサー」の具体的な戦略としてはどうするのかというと、アメリカ以外の他の地域で地域覇権国となりうる国家(例:ソ連や中国など)が勃興してきた場合、これを周辺地帯の国々と連携してバランスを取り、封じ込めたりけん制したりせよということである。冷戦時代のアメリカ主導によるASEANの結成や、西ヨーロッパでのNATOの結成などはこれの良い例である。 ところが今のアメリカ政府は、どう見てもこのような「オフショア・バランサー」としての対外戦略をとっていないことが明らかだ。過激なネオコン主導の政策により、「世界覇権」を求める方向に向いていることは確かであり、この点ではミアシャイマーの攻撃的な理論から導き出される予測は、ある程度正しいことになる。しかし ブッシュ政権は地理の現実を考えずに実力以上の覇権(=帝国)を求めて行動しているように映るため、リアリストの学者たちからは「筋肉増強剤を使った攻撃的現実主義(offensive realism on steroids)」と茶化されているほどである。 この典型的な例が、「ブッシュ・ドクトリン」(Bush Doctrine)という、攻撃的な政策である。これはテロを防ぐために先制攻撃するのも止むを得ないとした、いわゆるアメリカの「ユニラテラリズム(単独主導主義)」という政策をあらわしているのだが、これなどはまさに力をつけたアメリカが、独善的に自分たちのやりたいことをし始めた兆候である。 余談だが、このアメリカの独善的な政策をあらわす「ユニラテラリズム」(Unilateralism)は、よく一般的には「単独"行動"主義」などと訳されているのだが、これはむしろ「単独"主導"主義」と訳されるべきである。くわしくそのわけを述べているスペースはないのだが、こちらのほうが正確である。 ではリアリスト学者たちにとって、このようなアメリカが他国を無視して勝手な行動をとろうとすることの何がいけないのか?純粋な「国益主義者」であるリアリストたちにとっては、アメリカが自らの自由な意志で、世界に手を広げていくことはいいように思える。 ところがどっこい、これはリアリストたちにとって悪夢のシナリオなのだ。なぜかといえば、そこには歴史的な符号があるからである。それはイギリスの「名誉ある孤立」(splendid isolation)である。 すでに述べたように、リアリストたちは「アメリカは(19世紀のころの)イギリスと同じである」と考えていることは説明した。しかしイギリスは20世紀の最初のころをピークに、急速に衰退したという事実がある。今ではブレア首相がブッシュ大統領の「愛玩犬」(lap dog)だと皮肉を言われてしまうくらい、栄光を誇った大英帝国の面影はない。 ではなぜ大英帝国は急速に衰退してしまったのか?原因はいろいろあるのだが、そのきっかけが、この「名誉ある孤立」なのである。 19世紀から20世紀にいたるまで、イギリスは政治的にヨーロッパ大陸の外から「バランサー」として機能していた。経済的にはイギリスがアメリカへの開拓に向かう人々の補給基地のような役割を果たして大もうけしており、19世紀末の大英帝国のピークを迎えていたのである。ところが経済的のピークと同時に海軍力で世界を圧倒したとの過信から、この時期から「単独主導主義」を取り始めたのである。これが「名誉ある孤立」という政策なのである。 このときの状況は、まさに今のアメリカの状況とソックリである。この政策は海外のほかの国に嫌われて、多くの反感を買ったのである。この政策を実行してすぐに、イギリスはあれよあれよと言う間に国力を失い、日の沈まない世界帝国から、ヨーロッパの端の単なる中規模国家まで転げ落ちてしまったのである。 リアリストたちはこのイギリスの例を知っているので、今回の政策を長期的に見た結果、これがアメリカの衰退につながるということをはっきりと感じている。しかもそれが歴史からの知恵であり、地政学的の理論と符号している点が非常に興味深い。このような理由から、ほとんどのリアリスト学者やメディアの論者たちで共通しているのは、アメリカ版の「名誉の孤立」である「単独主導主義」政策が、結局のところは「自滅戦略」(self-defeating strategy)だという考えである。地政学的に見ても、シーパワーのアメリカは、イラクのようなユーラシア大陸の政治にあまりにも利害を持ちすぎてしまっているので、自滅戦略を歩んでいるとしか思えない。 ▼反ネオコンで形成される強烈な同盟関係 このような地政学的な理由に加えて、最後に少しだけアメリカの政治思想面から見たことも少しふれておかなければならない。 今回の「リアリストたちの反乱」の結果として出てきたのが「現実的な外交政策のための同盟」(Coalition for a Realistic Foreign Policy)という政治団体であることは何度も述べたが、ここには反ネオコン政策を合言葉に40人以上の対外政策専門家などが集まった。彼らの政治思想をキーワードで分類して考えてみると、大きくみれば以下の四つに絞られてくる。 1、国際関係論学者たちの「リアリズム(現実主義)」 2、アメリカ草の根保守(ニューライト)やリバータリアンたちの「アイソレーショニズム(孤立主義)」 3、ヨーロッパ協調派による「マルチラテラリズム(多国協調主義)」 4、左派・環境派による「リベラリズム(自由主義)」 彼らにすべて共通するのが、何度もいうようだが「反ネオコン政策」なのである。このような雑多な思想を持つ人々を一つにまとめて連帯させてしまったブッシュ政権のネオコン政策というのは、逆の意味で素晴らしい快挙を成し遂げたのかもしれない。 この中でも特筆すべきは、戦略や安全保障のエキスパートであるリアリスト系の学者たちが、「反ネオコン」という旗の下で、昔から知識人を嫌う傾向のある草の根保守の連中と一緒に組んで政治運動を開始したという事実である。カプチャンに代表されるようなEUとの連帯を促す国際協調派とリアリストというのは、専門家同士で通じあうところもあるのだが、ともすると人種差別主義者とも見られかねない「反知識人」の草の根保守派と、右派の学者たちが一緒に行動するというのは、なんとも不思議な組み合わせなのだ。 この草の根/伝統保守派からは、「アメリカン・コンサヴァティヴ」(The American Conservative)という政治言論誌の編集をやっているスコット・マコンネルという、元ネオコン(!)の保守派が代表として参加している。この雑誌は、知る人知る元大統領候補のパット・ブキャナンが、ギリシャの海運業で財を成した富豪の、タキ(Taki Theodoracopulos)という人物から支援を受けて一緒に作った、比較的あたらしいものである。この雑誌は、アメリカのメディアの中ではかなり早い時期から「反ネオコンキャンペーン」を堂々とやっていたことで有名になり、しかもイスラエル右派政党のリクードとネオコンのつながりをあからさまに指摘したりしていたので、一般には反ユダヤの人種差別雑誌だと思われているフシもあるほどだ。 2001年の連続テロ事件以来、アメリカの保守派は本コラムでも読んでいただければおわかりのとおり、イラク侵攻の是非をきっかけに「ネオコン対リアリスト」というものすごい異様な分裂の仕方をした。 このような分裂に続いて、最近ではブッシュに対する保守派内部からの批判が噴出している。具体的にはヒスパニック系の票を稼ぐために通した無理な移民政策や「ゲイの結婚」、テロの脅威によって個人の自由が締め付けられるようになったこと、そしてハチャメチある。 どうする、日本の保守派たち?

2003年に、奥山真司先生が「国際戦略コラム」というWebサイト
に寄稿した「リアリスト」について紹介したテキストを掲載致します。

「リアリズム/リアリスト」という概念について、
日本ではじめて本格的に解説された連載コラムです。
この内容を一読して頂ければ、「リアリスト」という人達が
如何なる思想に基いて行動しているのか?
その寄って立つポジションが一気に理解できます。

「リアリストってどんな人達なの?」
と素朴に興味を持った方、また、
「もうそんなこと知ってるよ...」という方も
このコラムを読めば新たな発見があるかもしれません。

ぜひお読みになってみてください。


「リアリストたちの反乱」(その一)

▼日本の保守派の大分裂―――「親米」か「反米」か

このコラムをごらんになっている方々にとっては当たり前のことかもしれないが、日本の保守言論界はいま、パックリ二つに割れている。このきっかけになったのは、もちろん2001年9月11日にアメリカで起こった、一連の連続テロ事件である。

このテロ事件を期にはじまったアフガンでのテロ討伐や、イラク侵攻に対して、日本の保守派知識人の意見が「賛成する」「反対する」という違いで大分裂したのである。「アメリカに賛成する」というのが、有名学者やジャーナリストなどで構成される「親米保守派」であり、「アメリカに反対する」というのが、漫画家の小林よしのり氏をはじめとする「民族保守派」である。

この対立のしかたであるが、小林よしのり氏が率いる「民族保守派」が、「親米保守派」のことを犬のポチにように「ご主人さまアメリカの言いなりだ」として「ポチ保守!」とののしれば、逆に「親米保守派」は、「民族保守派」に対して「戦略的ではない、頭が悪い!」と批判するという状況になっている。

ここらへんの争いは、民族保守側が小林よしのり氏の新刊「新・ゴーマニズム宣言12巻――誰がためにポチは鳴く」というマンガで攻撃し、そして親米保守側が古森義久(こもり よしひさ)氏と田久保忠衛(たくぼ ただえ)氏の共著による「反米論を撃つ」という本でそれを迎え撃つ、というスタイルになっている。この対抗する二冊の本に代表される形で、日本の保守言論界ではいま、近年にまれに見るホットなバトルロイヤルが展開されているのである。

▼アメリカの保守派守派の大分裂―――「参戦」か「反戦」か

前置きが長くなったが本題に入ろう。ではそのテロ戦争をやっている当事国の世界帝国アメリカの言論界ではどのような状況になっているだろうか?日本のような保守派の分裂はあるのだろうか?

実は日本ではあまり報じられていないが、アメリカの言論界でも特に保守派の中が、イラク侵攻が期になってパックリ二つに分裂していたのである。やはり彼らも、割れていたのだ。

この分裂なのだが、大ざっぱにわければ、一方が「ネオコン」であり、もう一方が「伝統主義者」または「保守本流」と呼ばれる人々の二派にわけることができる。

「ネオコン」のほうは、ここであえて説明する必要がないくらい日本でも有名になったグループの総称である。元リベラル派のユダヤ系知識人で、特に軍事政策でタカ派な人々のことを指すのだが、現ブッシュ政権に多数入り込んでいて、外交政策をコントロールしているとされている。

ここの代表は、現在の国防省副長官であるポール・ウォルフォウィッツ(Paul Wolfowitz)である。在野にも強烈なのがいて、一番目立つのはウィークリー・スタンダード誌の編集長をしているウィリアム(ビル)・クリストル(William Kristol)という知識人である。彼らもだいぶ日本では有名になった。

一方の「伝統主義者」たちであるが、これはパット・ブキャナン(Patrick J. Buchanan)を筆頭として、「反ネオコン」で結束する、伝統主義の保守派のことをいう。ブキャナンは最近、日本でも保守系の言論誌を中心として紹介されはじめたので、名前だけはだいぶ知られてきた。

彼らの意見はアメリカの田舎の「草の根保守」の気持ちを代弁しており、しかも保守派のくせに反戦派であることから、日本の「反米/民族保守派」と考えがかなり共通するところがある。

彼らのような伝統保守派たちの反戦の気運が高まったのは、テロ事件から一年ほどたった、2002年の秋である。このころ、ブキャナンは、自分が新しく創刊した「アメリカ保守」(The AmericanConservative)という雑誌の中で、「ネオコンは海外で戦争を起こしたいだけだ!アメリカの国益をそこなう、ただの戦争屋なのだ!」という反戦メッセージをくり返し主張するようになり、アメリカの保守言論界に衝撃を与えはじめたのである。

これにつられるようにして、アメリカの一般メディアでも「ネオコン」という言葉が積極的に使われるようになった。これが年を越してから日本にも輸入され、とくにイラク侵攻の前後に、メディアで大々的に使われるようになった。いわば、「ネオコン」というキーワードの仲介によって、日本にはいつの間にか、アメリカの伝統保守派の反戦思想が伝わってきていたともいえるのだ。

余談だが、「ネオコン」ということばをアメリカのメディアで大々的に使いはじめたのは、私の見る限りでは、たぶんクリス・マシューズ(Chris Matthews)という白人のジャーナリストが最初である。

彼はNBC系列のテレビ局で「ハードボール」という政治討論番組の司会をしているのだが、ゲストが答える質問よりも長い質問を、ひたすらマシンガンのように繰り出すことで有名だ。その様子、少し太らせて白人顔にすれば、DJや司会者として知られる「夏木ゆたか」の姿とウリ二つである。アメリカ・ジャーナリスト界の夏木ゆたかは、「ネオコン」という言葉を広めたのだ。

▼合流する「リアリスト」たち

ところが今年に入って、この保守派の対立にものすごい第三勢力が加わった。俗に「リアリスト」と呼ばれる学者たちである。彼らがこの戦線に加わったショックとその重要さを知る人は、まだ日本では非常に少ない。

ではこの「リアリスト」というのは、そもそも一体何者なのか。

日本で「リアリスト」というのは、単純にいえば「現実派」というイメージになる。政治家でいえば野中広務・元幹事長や青木幹雄・参院幹事長のような、汚い仕事からも目をそらさず実行するという「実務派」という意味でとらえられがちだ。

これはアメリカでも同じであり、政治信条などを度外視して、生臭い権力闘争や、利権の力学で政治をおこなう実務派たちを「リアリスト」と呼ぶことがある。現ブッシュ政権では、チェイニー副大統領などがその代表的な人物であり、血の通わない冷酷な人物であるとみられがちである。

ところが今回アメリカの保守派の内部闘争に加わった「リアリスト」たちは、そういった政府の「実務派」たちとは、ちょっと毛並みちがう。どうちがうのかというと、彼らは「国際関係論」(International Relations)という学問の中の「リアリズム」という理論を信じる学者たちなのである。

しかもそんじょそこらの学者ではなく、その理論では第一線級の人物たちばかりであった。彼らが総結集したということがまず重大であり、しかも彼らがそろいにそろってブッシュ政権のイラク侵攻に異議を唱えたということにものすごく大きな意味がある。

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