▼リアリストたちの「地政学」
前稿では、欧米で国際関係論を学ぶものの中では知らない人がいないほど超有名なリアリスト学者であるケネス・ウォルツが、事実上の反ネオコン同盟である「現実的な外交政策のための同盟」(Coalition for a Realistic Foreign Policy)という政治団体に加わっていたという驚きの事実、そして、ウォルツ率いるリアリスト学者たちは「地政学」の理論を理解していることまで説明した。本稿ではこれに引き続き、リアリストたちの議論の核にある「地政学」のロジックを説明して、「リアリストたちの反乱」の最終回としてまとめてみたい。
この国際戦略コラムでも、江田島氏やF氏の議論で最近注目されているのが「地政学」(ジオポリティクス)であるが、これは一体どういうものかというと、無理やり一言でいえば、「地理と政治を有機的に関連づけながら、国際政治を研究する学問」だと言ってよい。もちろん古代からこういう研究はあったのだが、近代になって体系的にまとめられ始めたのは、19世紀のドイツ参謀本部の活躍からである。
この後、アメリカの海軍研究家であるアルフレッド・マハンや、イギリスの地理学者ハルフォード・マッキンダーによって一応の体系づけがなされたのだが、これを重要視して、自分たちの国際関係論 の学説にそのエッセンスを積極的に取り入れたのが、このリアリストたちなのである。
彼らリアリストたちの理論/学説が「リアリズム」(現実主義 realism)と呼ばれることはすでに何度も説明した通りだが、これが一つの体系としてまとめられたのは、第二次大戦後直後にハンス・モーゲンソーというシカゴ大学のリアリスト学者による功績が大きい。
彼は"Politics Among Nations"という本を48年に書き、これが学界では大評判になって、一気に国際関係論を大学で学ぶ人のための必読教科書にまでなったのだが、日本ではこの有名な本の全訳が出版されたのが、原書の初版から半世紀たった98年のことである。これからもわかる通り、とくにリアリズムの分野における日本の研究は悲惨の一言であり、ただ笑ってしまうしかないほどお粗末なものである。
ここで多少この学問に詳しい人間なら、「何をいうか、モーゲンソーは地政学を否定しているじゃないか!」とツッコミを入れたくなってしまうところだろう。たしかにその証拠として、この本のなかでモーゲンソーは地政学を、「地理という要因が国家の力を、したがって国家の運命を決定するはずの絶対的なものであるとみなす、えせ科学である」(邦訳では第十章の170ページ)などと断定している。
ところがすっとこどっこい、モーゲンソーはこの本の最も重要な部分で、アメリカの地政学者で戦略家であったニコラス・スパイクマンの書いた本のコンセプトを、そっくりのそのままマネして使っているのだ。どういうことかというと、モーゲンソーが一番力を注いでいる「バランスオブパワー」(balance of power)の説明は、スパイクマンがすでに論じたことの焼き直しだからである。
モーゲンソーはこの本の中で、スパイクマンの本を参考文献に挙げつつ地政学を批判しているのだが、そのくせリアリストの得意技である「バランスオブパワー」というコンセプトの説明では、すでにスパイクマンがその六年前(1942年)に書いていた『世界政治 World Politics)という本の中で語っていたことをソックリ拝借しているのである。
いいかえれば、この大リアリスト学者は、地政学の理論家を批判しつつもその重要な部分を継承しているということなのだ。これは経済学でいえば、マルクスがリカードをさんざん批判しつつも「労働価値説」をしっかりと受け継いだのと全く同じである。批判と継承は紙一重であることが、よくわかる。
▼マッキンダーの考え方
話を地政学の祖、マッキンダーまで戻す。この人物は「人類の歴史は、シーパワーとランドパワーの闘争である」という公理(仮説)を主張して地政学の基礎を築いた。この「シーパワーとランドパワー」という部分を「階級」に置き換えると、社会経済学者マルクスの主張とソックリであることは言うまでもないのだが、本サイトでは江田島氏がこの「シーパワーvsランドパワー」の理論を核におきながら、ユダヤ人世界支配論を絡めて論じていることは、みなさんもすでにご存知のことであろう。
このような「マルクスそっくりの二分論」で世界政治の歴史を考えたマッキンダーだが、その他にも地政学の前提として、地球を一つの全体として捉え、そこから三つの地域に分類して捉えたことがさらに重要である。この三つの地域であるが、それぞれ見てみると、
1、「ハートランド」
2、「内側/周辺部の三日月地帯(リムランド)」
3、「外側/島々の三日月地帯」
ということになる。これは図があるとわかりやすいのだが、イメージ的には地球という丸い物体の上に楕円形の陸地(ハートランド)があり、それを二つの三日月の形をした地帯(リムランド&外側)が順々に囲んでいる、という構図になる。
マッキンダーはこの「外側/島の三日月地帯」には、彼の母国であるイギリス、そして日本とアメリカが含まれていると考えた。よって、彼の理論からいえば、世界支配のための最重要地帯、ハートランドを抱えるユーラシア大陸(世界本島)を、日米英は海を隔てて最も外側から囲んでいる、ということになるのである。このように、地政学の開祖であるマッキンダーが、「イギリス(と日本)とアメリカは世界本島の外に位置している」と考えていたことを、まずしっかりと憶えておいていただきたい。
▼ミアシャイマーの「オフショア・バランサー」
ここで久しぶりにミアシャイマーに登場していただく。実は彼をはじめ、多くのリアリストの学者は、このマッキンダーの地政学的な考え方を、意識するしないにかかわらずしっかりと共有しているのだ。
ミアシャイマーの理論を復習しよう。まずかれは独自の「攻撃的現実主義」という理論を持っていることは、本連載コラムの第三回目(http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/k5/151122.htm)でもすでに説明した通りである。彼の理論をもういちど簡単にいえば、すべての(大)国は、自分たちの安全保障を、どんどん領土や軍事力を拡大する傾向があり、その最終目標は「覇権(へジェモニー hegemony)」になることである。もちろんこの状態に一番近いのは、冷戦後に事実上の超大国(スーパーパワー)になったアメリカなのであるが、だからといってミアシャイマーは、これでアメリカが世界を完全に支配できるのだとは露ほども考えていない。
ではなぜこれほど軍事的に強力なアメリカでも世界を完全支配できないのか?その最大の理由なのだが、ミアシャイマーのようなリアリストたちはその要因がズバリ「地理」にある、と考えるのだ。
ここで地政学との関係がでてくる。
まず地理的な事実として、地球はとにかくデカイ、ということがある。もちろんすべての国家は世界支配を目指すのだが、地球はとにかく広すぎるので、距離の関係から、アメリカでさえ力が及ばない地域が絶対に出てくるのだ。
たとえばアメリカが「ユーラシア大陸(ヨーロッパ&アジア)」を軍事&政治的に支配化に置こうとしても、そこにはどうしても「海」(この場合は大西洋)という「地理的な」障害がある。もちろん今はインターネットの時代でこのような地理的な要因は関係ないということも言えるのだが、われわれが物質の世界に生きている以上、地理的な宿命からはのがれられない。その証拠に、いくら時間が短縮されたといっても、アメリカが国内での物流や軍隊の派遣などを、ヨーロッパやアジアの奥地に向けて同じようにできるかといえば、それはやっぱりむずかしい。
このような海などの地理的な要因による力の及ばない地域が出てくる問題(これをミアシャイマーは"power projection problem"と呼ぶ)があるため、今の状態では、アメリカはせいぜい行っても「地域覇権国」(regional hegemony)どまりだと言うのだ。たしかに南北アメリカ大陸地域ではアメリカは圧倒的な地域覇権国であるが、海を越えてヨーロッパやアジアを含む全域を支配しているとは、とても言えない。
だからミアシャイマーのようなリアリストたちは、いくらがんばっても所詮アメリカはユーラシア世界本島の外側に位置しているという地理的な現実は変えられない、だから以前のイギリスのように、ユーラシア大陸という世界本島を外側から関与するだけの、いわゆる「オフショア・バランサー」(Offshore Balancer)になれ、というのである。
ここでの「オフショア」とはもちろん「沖」という意味であるが、それはどこに対しての「沖」なのかというと、ハートランドを抱えるユーラシア大陸(世界本島)に対しての「沖」、という意味なのだ。鋭い方はこれでお気づきだと思うが、これはマッキンダーが「米英日は世界本島から離れた一番外側の地域にある」と主張したことと、バッチリつながるのである。
▼「名誉ある孤立」は自滅戦略?
以上のように地政学的に考えた結果、リアリストたちは「アメリカはイギリスである」と捉え、大英帝国時代のイギリスのようにヨーロッパ大陸をけん制する「オフショア・バランサー」になれと言う。「オフショア・バランサー」の具体的な戦略としてはどうするのかというと、アメリカ以外の他の地域で地域覇権国となりうる国家(例:ソ連や中国など)が勃興してきた場合、これを周辺地帯の国々と連携してバランスを取り、封じ込めたりけん制したりせよということである。冷戦時代のアメリカ主導によるASEANの結成や、西ヨーロッパでのNATOの結成などはこれの良い例である。
ところが今のアメリカ政府は、どう見てもこのような「オフショア・バランサー」としての対外戦略をとっていないことが明らかだ。過激なネオコン主導の政策により、「世界覇権」を求める方向に向いていることは確かであり、この点ではミアシャイマーの攻撃的な理論から導き出される予測は、ある程度正しいことになる。しかし ブッシュ政権は地理の現実を考えずに実力以上の覇権(=帝国)を求めて行動しているように映るため、リアリストの学者たちからは「筋肉増強剤を使った攻撃的現実主義(offensive realism on steroids)」と茶化されているほどである。
この典型的な例が、「ブッシュ・ドクトリン」(Bush Doctrine)という、攻撃的な政策である。これはテロを防ぐために先制攻撃するのも止むを得ないとした、いわゆるアメリカの「ユニラテラリズム(単独主導主義)」という政策をあらわしているのだが、これなどはまさに力をつけたアメリカが、独善的に自分たちのやりたいことをし始めた兆候である。
余談だが、このアメリカの独善的な政策をあらわす「ユニラテラリズム」(Unilateralism)は、よく一般的には「単独"行動"主義」などと訳されているのだが、これはむしろ「単独"主導"主義」と訳されるべきである。くわしくそのわけを述べているスペースはないのだが、こちらのほうが正確である。
ではリアリスト学者たちにとって、このようなアメリカが他国を無視して勝手な行動をとろうとすることの何がいけないのか?純粋な「国益主義者」であるリアリストたちにとっては、アメリカが自らの自由な意志で、世界に手を広げていくことはいいように思える。
ところがどっこい、これはリアリストたちにとって悪夢のシナリオなのだ。なぜかといえば、そこには歴史的な符号があるからである。それはイギリスの「名誉ある孤立」(splendid isolation)である。
すでに述べたように、リアリストたちは「アメリカは(19世紀のころの)イギリスと同じである」と考えていることは説明した。しかしイギリスは20世紀の最初のころをピークに、急速に衰退したという事実がある。今ではブレア首相がブッシュ大統領の「愛玩犬」(lap dog)だと皮肉を言われてしまうくらい、栄光を誇った大英帝国の面影はない。
ではなぜ大英帝国は急速に衰退してしまったのか?原因はいろいろあるのだが、そのきっかけが、この「名誉ある孤立」なのである。
19世紀から20世紀にいたるまで、イギリスは政治的にヨーロッパ大陸の外から「バランサー」として機能していた。経済的にはイギリスがアメリカへの開拓に向かう人々の補給基地のような役割を果たして大もうけしており、19世紀末の大英帝国のピークを迎えていたのである。ところが経済的のピークと同時に海軍力で世界を圧倒したとの過信から、この時期から「単独主導主義」を取り始めたのである。これが「名誉ある孤立」という政策なのである。
このときの状況は、まさに今のアメリカの状況とソックリである。この政策は海外のほかの国に嫌われて、多くの反感を買ったのである。この政策を実行してすぐに、イギリスはあれよあれよと言う間に国力を失い、日の沈まない世界帝国から、ヨーロッパの端の単なる中規模国家まで転げ落ちてしまったのである。
リアリストたちはこのイギリスの例を知っているので、今回の政策を長期的に見た結果、これがアメリカの衰退につながるということをはっきりと感じている。しかもそれが歴史からの知恵であり、地政学的の理論と符号している点が非常に興味深い。このような理由から、ほとんどのリアリスト学者やメディアの論者たちで共通しているのは、アメリカ版の「名誉の孤立」である「単独主導主義」政策が、結局のところは「自滅戦略」(self-defeating strategy)だという考えである。地政学的に見ても、シーパワーのアメリカは、イラクのようなユーラシア大陸の政治にあまりにも利害を持ちすぎてしまっているので、自滅戦略を歩んでいるとしか思えない。
▼反ネオコンで形成される強烈な同盟関係
このような地政学的な理由に加えて、最後に少しだけアメリカの政治思想面から見たことも少しふれておかなければならない。
今回の「リアリストたちの反乱」の結果として出てきたのが「現実的な外交政策のための同盟」(Coalition for a Realistic Foreign Policy)という政治団体であることは何度も述べたが、ここには反ネオコン政策を合言葉に40人以上の対外政策専門家などが集まった。彼らの政治思想をキーワードで分類して考えてみると、大きくみれば以下の四つに絞られてくる。
1、国際関係論学者たちの「リアリズム(現実主義)」
2、アメリカ草の根保守(ニューライト)やリバータリアンたちの「アイソレーショニズム(孤立主義)」
3、ヨーロッパ協調派による「マルチラテラリズム(多国協調主義)」
4、左派・環境派による「リベラリズム(自由主義)」
彼らにすべて共通するのが、何度もいうようだが「反ネオコン政策」なのである。このような雑多な思想を持つ人々を一つにまとめて連帯させてしまったブッシュ政権のネオコン政策というのは、逆の意味で素晴らしい快挙を成し遂げたのかもしれない。
この中でも特筆すべきは、戦略や安全保障のエキスパートであるリアリスト系の学者たちが、「反ネオコン」という旗の下で、昔から知識人を嫌う傾向のある草の根保守の連中と一緒に組んで政治運動を開始したという事実である。カプチャンに代表されるようなEUとの連帯を促す国際協調派とリアリストというのは、専門家同士で通じあうところもあるのだが、ともすると人種差別主義者とも見られかねない「反知識人」の草の根保守派と、右派の学者たちが一緒に行動するというのは、なんとも不思議な組み合わせなのだ。
この草の根/伝統保守派からは、「アメリカン・コンサヴァティヴ」(The American Conservative)という政治言論誌の編集をやっているスコット・マコンネルという、元ネオコン(!)の保守派が代表として参加している。この雑誌は、知る人知る元大統領候補のパット・ブキャナンが、ギリシャの海運業で財を成した富豪の、タキ(Taki Theodoracopulos)という人物から支援を受けて一緒に作った、比較的あたらしいものである。この雑誌は、アメリカのメディアの中ではかなり早い時期から「反ネオコンキャンペーン」を堂々とやっていたことで有名になり、しかもイスラエル右派政党のリクードとネオコンのつながりをあからさまに指摘したりしていたので、一般には反ユダヤの人種差別雑誌だと思われているフシもあるほどだ。
2001年の連続テロ事件以来、アメリカの保守派は本コラムでも読んでいただければおわかりのとおり、イラク侵攻の是非をきっかけに「ネオコン対リアリスト」というものすごい異様な分裂の仕方をした。
このような分裂に続いて、最近ではブッシュに対する保守派内部からの批判が噴出している。具体的にはヒスパニック系の票を稼ぐために通した無理な移民政策や「ゲイの結婚」、テロの脅威によって個人の自由が締め付けられるようになったこと、そしてハチャメチある。
どうする、日本の保守派たち?
--------「リアリストたちの反乱」おわり------