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「リアリストたちの反乱」(その十三)

▼反乱するリアリストたち

このコラムの題名でもある「リアリストたちの反乱」が、ついに形となってあらわれたのは、アメリカのイラク侵攻が起こって半年以上たってからである。これが去年(2003年)の10月に発足した「現実的な外交政策のための同盟」(Coalition for a Realistic Foreign Policy)という政治団体であることはすでに述べた。

この団体であるが、メディアによる紹介のされ方が、かなり偏ったものであった。これはいくら強調されてもされ足りないくらいである。というのも、この団体にはアメリカのリアリストの超一流たちが中心メンバーとして加わっているという事実が、決定的に無視されて報じられていたからである。

たしかにこの団体のホームページから総勢44人のメンバーを一目見てみると、リアリストの学者たちよりも「メディア受け」しそうな名前があり、その多くはリベラルと見られがちな人物たちである。

まず目立つのは、クリントン政権で国家安全保障会議の委員をつとめたチャールズ・カプチャン(Charles Kupchan)である。

彼は日本でも最近「アメリカ時代の終わり」(The End of American Era:邦訳NHKブックス)という本で注目されて、日本の知識人の一部では話題を集めた。しかしこの本で決定的に見落とされている点は、これがアメリカの「地政学(地戦略)」を説いたものであるという点だ。詳細の説明は避けるが、「21世紀の米国対外政策と地政学」(U.S. Foreign Policy and the Geopolitics of the Twenty-First Century)という副題が省略されているのは、なんとも惜しい限りである。ちなみにカプチャンはこの本の中で、ミアシャイマーの理論に対して批判的なことを書いている。

カプチャンは去年(2003年)、日本へ取材のために短期間訪れていたようで、政治言論誌「諸君!」などでは彼のインタビュー記事が載っていた。思想的にはアメリカとヨーロッパの協調を唱える中道派なのだが、ヨーロッパ連合(EU)の勃興と、アメリカ自身が国際社会へと関わるのを嫌がるようなって孤立主義に走ったり単独行動したりすることがアメリカの没落につながって行くということを、リアリストのロジックと理想主義の理論を巧みに組み合わせて主張しているのが大きなポイントである。

カプチャンのような中道派の国際展開主義者だけではなく、もっと左寄りの、いわゆるリベラルや環境系の対外政策専門家もいる。

これの代表的なのが「世界政策ジャーナル」(World Policy Journal)のシェール・シュウェニガー(Sherle Schwenninger)や、シアトルにある環境派のシンクタンク、アレティア(Aretea)の研究員であるフィリップ・ゴールド(Philip Gold)やエリン・ソラロ(Erin Solaro)などだ。変わったところでは「通産省と日本の奇跡」という、世界中の日本研究者(ジャパノロジスト)たち必読の論文を書いたことで有名な、チャルマーズ・ジョンソン(Chalmers Johnson)も加わっている。

元政治家もいる。なんと言っても注目なのは大統領候補にも名乗りを上げたことがあるゲイリー・ハート(Sen. Gay Hart)元上院議員で、彼は民主党でもややタカ派寄りに属する、ユダヤ系からの信頼の厚い人物であった。元アラスカ州選出のマイク・グラヴェル(Sen. Mike Gravel)もいる。

ところがここで強調されなければならないのは、なんとその半数以上が、リアリストやリバータリアンなどの、保守系の人材によって占められているという事実であろう。

この中でもとくに有名なのは、レーガン政権で特別アドバイザーを務め、東アジアの外交政治にも詳しいダグ・バンドウ(Doug Bandow)であるが、リバータリアンのケイトー研究所からはテッド・カーペンター(Ted Galen Carpenter)対外政策副代表、クリストファー・プレブル代表(Christopher A. Preble)、チャールズ・ぺニャ(Charles Pe?a)防衛政策代表の「御三家」が参加していることが大きい。ケイトー研究所からは合計で五人の研究員が出ているのだが、その主な理由はこの研究所の対外政策代表であるプレブルが、かなり強力なリーダーシップで同盟の結成を呼びかけた経緯があるからである。

しかし圧巻なのは、なんといってもここに集結しているリアリスト学者のメンバーである。「安全保障ジレンマ」(security dilemma)という戦略用語で有名なロバート・ジャーヴィス(Robert Jervis) 、ジャック・スナイダー(Jack L. Snyder)、リチャード・ベッツ(Richard K. Betts)のコロンビア大学トリオ、そしてマサチューセッツ工科大学(MIT)のスティーブン・ヴァンエヴェラ(Stephen Van Evera)とバリー・ポーゼン(Barry R. Posen)などなど、戦争学や安全保障関連分野のスーパー・スペシャリストたちばかりである。もちろん本コラムですでに紹介済みのミアシャイマー&ウォルトのコンビも参加している。

ところが私がびっくりしたのは他でもない、このメンバーの中に、ケネス・ウォルツ(Kenneth N. Waltz)の名前があったことである。これを発見したときには、本当に驚いた。自分は思わず「うぉ~」という声を漏らしてしまったくらいである。

ウォルツは知る人ぞ知る、超有名リアリスト学者である。彼ほどの学業的名声を集めたリアリストの学者は、現在生きている中では一人もいない。ようやっとミアシャイマーが彼の足元に及んだかどうか、というほどである。

彼の理論には、だいたい三つの名前がつけられている。「ディフェンシヴ・リアリズム(Defensive Realism)」、「ストラクチュラル・リアリズム(structural realism)」、もしくは「ネオ・リアリズム(Neo-Realism)」である。呼び方は違っても中身は一緒であり、古典的なリアリズムのように人間性に原因を求めるのではなく、世界政治には一定の「ストラクチャー」(構造)があるとして、ここから国際政治の権力闘争のモデルをつくりあげたのである。

ではなぜ彼の理論が「ディフェンシヴ・リアリズム」と呼ばれるのか?これは意外に単純で、国際社会は構造的に無政府状態(アナーキー)である、しかし国際社会の構造(Structure)のおかげで抑制が働き、国家はとにかく「現状維持」をしようと考える、だから権力争いによって力のバランスがとれて、消極的(ディフェンシヴ=防御的)になるというのだ。どちらかといえば、その底には国際社会の構造によって大規模な戦争は起こりにくくなるという、楽観論が顔をのぞかせている。

これは「国家というのはどこまでも欲望を拡大させて覇権をにぎろうとするのだ!」というミアシャイマーの、悲観的で「攻撃的(オフェンシヴ)」な理論とは対照的である。もちろんミアシャイマーもウォルツのように「国際社会には構造がある」と考えている点では同じなのだが、大国はそこから生き残るためにパワーをどんどん拡大していく、と考えている点がウォルツと決定的に違う。

ウォルツの主著は三冊ある。一冊目は『人、国家、そして戦争(Men, the State, and War)』という本で、これは戦争の原因を、西洋の古典などの歴史的な著作の言葉を縦横無尽にあやつって圧倒的な語り口で述べたものである。国際関係論の中では、すでに古典扱いされている。

二つ目は『国際政治の理論(Theory of International Politics) 』である。ずいぶんシンプルな名前だが、この本によってウォルツは自分の防御的/構造的な、あたらしい国際力学の理論体系を構築して金字塔を建てたのだ。これによりウォルツは第二次大戦後の国際関係論では最大の業績をあげたと考えられており、新しいパラダイム(思考体系)を作り上げたとまでさえ言われている。この本の中でウォルツが自分の理論のエッセンスを論じている第五章と第六章は、欧米で国際政治を学ぶ学生たちにとっては絶対必読文献である。ここを読んだことがないという奴は、まるで日本史の専攻なのに「明治維新を知らない」と言っているのとおなじくらいモグリなのだ。

ちなみにこの本の題名からわかるのは、「国際関係論」(International Relations)という学問の理論には、ウォルツにとってはリアリズム=現実主義ひとつしかありえない、と考えていることだ。日本の学者たちは決して認めたがらないのだが、国際関係論という学問で一番強い学派/理論は、誰がなんと言おうと「現実主義=リアリズム」なのである。

「いや、違う!」と言いたい気持ちはわかる。しかし事実は事実なのである。これを承知のウォルツは、あえて批判を受けることを覚悟しながら「国際関係論には、これ(リアリズム)以外の理論はありえないのだ!」と、自分の本の名前にして宣言したのである。

ウォルツの三冊目は「核兵器の拡散(The Spread of Nuclear Weapons : A Debate)」である。これはウォルツとリベラル派の学者スコット・セイガン(Scott D. Sagan)との共著であり、その内容はこの問題について二人が交わしているディベートの書簡のやりとりを、そのまま収録したものである。

日本では文春が出している政治誌の「諸君!」の94年4月号に彼の「日本核武装論」がのって話題になったことからもわかるが、リアリストのウォルツは、この本のなかで大胆にも「核兵器は拡散したほうが世界平和につながる」という、気の弱い日本の学者だったら腰を抜かして驚くような仰天の主張をしている。一方のセイガンは、もちろん当たり前のように、「そんな危ないもんバラ撒いたら 、ダメに決まっているやんけ!」と大反論している。

こんな本が売られること自体、核アレルギーの強い日本ではとうてい考えられないのだが、欧米ではこれが真面目なアカデミックの本として売られており、しかもこの分野の本としては文句なく必読文献である。国際関係の政治学の授業では、なんとこの一冊をネタにして核問題を話し合うコースが、どこの大学の政治学のコースでも必ず一つはあるのだ。

これは筆者が実際に見ており、自信を持って言えるのだが、欧米の州立ぐらいの規模の大学にいけば、この本が政治学の教科書や副読本として、大学のブックストアで当たり前のように売られているのである。当然のようにこの分野の本としては売れており、第二版までしっかり出ている。

ここまできて冷静に考えると、ウォルツ(ディフェンシヴ)とミアシャイマー(オフェンシヴ)の両リアリスト理論の大家、それに加えて他のリアリスト学者の大スターたちが勢ぞろいしたこの「現実的な外交政策のための同盟」という団体は、必ずやアカデミック史に残る動きであることがわかる。あと何十年かして、国際関係論の教科書にこの「事件」が載ることは確実なのだ。

このようなリアリストの超有名学者たちが、アメリカのイラク侵攻を一緒になって反対するのはなぜか?もちろん「ベトナム化」や「帝国化」による「国益の喪失」なのだが、その底には共通してひとつの重要なロジックが潜んでいた。

それは「地政学」(Geopolitics)である。

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