日本の国益を考える
無料メルマガ「アメリカ通信」


「リアリストたちの反乱」(その十)

▼フォックスニュースの質問

ミアシャイマーが地雷をしかけてネオコンのクリストルを自爆させ、ラベル貼り(name calling)によって赤っ恥をかかせたことまでは、前稿までに述べた。このあと観客との質疑応答がはじまったのだが、このなかでも注目すべきなのは、国連関係の質問に対するミアシャイマーの回答と、北朝鮮関連の質問に対するネオコンたちの答えである。この二つの質問こそが、ネオコンとリアリスト学者たちの違いを大きく浮き立たせたからである。

まずはフォックスニュースの女性記者がミアシャイマーにした質問である。彼女はこの討論会で、国連決議に関することが全く議論されていなかったことについて疑問を投げかけた。

「国連決議1441(2002年11月8日採択)は第一次湾岸戦争からイラクに関する17個目の決議なんですが、フセインは傲慢にもそのすべてを無視しつづけてます。ここで(リアリストの)教授たちにお伺いしますが、アメリカの力によってこれらの決議案を実行させる時が来たというお考えは無いのでしょうか」

余談だが、フォックス(FOX)というネットワークは、言うまでもなく世界のメディア王、ルパート・マードック(Rupert Murdoch)の支配下にあり、政治的にはネオコンを支援している。ネオコンのクリストルが主宰する「ウィークリー・スタンダード」(The Weekly Standard)は、マードックが持つニューズコープ(News Corporation)が出している雑誌である。このへんの話は、このコラムを読むほどの見識の高い皆さんにとっては、もう当たり前の話かもしれない。

質問をしたフォックスニュースの彼女も「フォックス=マードック=ネオコン支持」という公式から、当然この討論会ではリアリストの学者に対する目が厳しくなる。だから彼女はリアリストの学者二人に対して、少々挑戦的な質問をしたのである。このような公式の討論会ではきちっとした質問をすることができるというのは、それに対してきちっと答えられることよりも、えてして大きい攻撃になる。

ちなみに先日放送された新年の最初の「朝まで生テレビ」(テレビ朝日系列)では、番組中の視聴者アンケートとして「日米安保か、それとも国連か」というのがあったが、あれはかなりレベルが低いアホな質問だった。こういうあいまいな質問設定をしているから、視聴者もわけがわからなくなるのである。良い質問は、良い答えよりもはるかに価値があるのである。

▼リアリストにとって国連とは?

ではなぜ彼女の質問が少々挑戦的で鋭かったのか。それはミアシャイマーたちが「反戦だけど国連もキライ」であるということをバラしてしまうように仕向けてあったからである。日本ほどではないが、国際協調の象徴である国連を軽視する発言をするというのは、やはりアメリカ国内でもとくにメディアやアカデミックの世界ではやや勇気のいることである。

ところがそんな質問でもミアシャイマーは全くひるむ様子がない。「それは素晴らしい、よくぞ質問してくれた」と言ってから、彼はこう答えた。「国連という機関は素晴らしいとは思いますが、国連を守るためとか、国連決議案を実行するためにアメリカが戦争に行くというのは、いかなる状況であったとしても私は反対です。」

ではどういう状況ならアメリカは戦争に行くべきなのか?ミアシャイマーはこう言い放った。「たった一つの状況です。それはアメリカの国益がかかっているときです。」「だってアメリカ人を死に行かせるんですよ?当然でしょ?戦略的に重要だからこそ、命を賭ける価値があるんですよ。」

まさに国益主義者のリアリストならではの、スッキリした答えである。フォックスニュースの女性記者が「反戦なのだから、当然のごとく国連重視なんだろう」ということで質問したのだが、ミアシャイマーはそれをアッサリはねのけた。すべては「国益にかなうかどうか」であり、「今回のイラク侵攻は国益にならない、だから反対だ」ということなのだ。とてもわかりやすい。

▼日本の「国連神格化」現象

当たり前だが、今回のイラク派遣の際に、日本ではこういう議論がほとんど出てこなかった。右派は「アメリカとの同盟」「国際社会での責任を果たす」という論点を強調し、左派は「国連および国際社会からの承諾を受けていない」の一点張りである。これからわかるのは、日本にとって重要なのは「他国から日本がどう思われるか」というこの一点だけだ、ということだ。気になるのは他人の目ということであり、「自分たちの運命は自分たちで決める!」という気概が全く感じられない。

周囲の目は気になる、じゃあみんなでやれば怖くない、だったらみんなが参加している国連が重要だ!だったら国連を優先にしてやりましょう、ということなのだ。日本ではこういう「空気」が世論を支配しているため、知識人の間でさえ、「イラク戦争は日本の国益になるのかどうか」という議論はほとんど出なかったのである。

ところがアメリカでは日本ほど国連が「神格化」していないので、ミアシャイマーのような「国連何するものぞ」という雰囲気が保守派の中で強い。よって、日本と違って「国連抜きの国益追求」についても語れる環境があるのだ。なんともうらやましい限りである。

とくにリアリストという人種は、国連(連合国=the United Nations)のような国際機関が紛争を解決できるとはほとんど考えていないことがミソだ。なぜなら「国連」という機関自体に力(=軍事力、パワー)がないから、と見るからである。なにを言う、国連には「平和維持軍」というのがあるじゃないかという意見もあるかもしれないが、あれは国連参加国の軍隊のメンバーを寄せ集めただけにすぎない。その「国連軍」の基本要素は、やはり各国から出される兵隊なのだ。

リアリストたちの「国連クソ食らえ」という態度は今に始まったことではない。この理論が出てきた背景には、20世紀初頭のアメリカ大統領であるウィルソンが、自らの理想主義(idealism)に燃えて作った「国際連盟」(League of Nations)が大失敗に終わり、第二次大戦の勃発を防げなかったことにある。

ここで「ほれ見たことか!」と怒ったのが、イギリスのE.H.カーを代表とする現実主義者(リアリスト)だった。彼らは国際連盟のような国際機関の力よりも、国々の間に自然に働く勢力均衡(バランス・オブ・パワー)を重視し、これが戦後に「各国の外交努力」を強調するハンス・モーゲンソーや「国際システム」を強調するケネス・ウォルツへと受け継がれてミアシャイマーに至るのである。

ミアシャイマーは94年の冬に「国際機関の間違った約束」(The False Promise of International Institutions)という論文のなかで「国際機関万歳という理論(liberal institutionalism)がいかに間違っているか」と徹底的に論じて、学界に衝撃を与えた前科がある。事実上の「国連なんかダメだ宣言」である。日本でこういう論戦を張れば、確実に村八分であろう。

このような考えかたは、国際機関などの役割をとくに重視するジョセフ・"ソフトパワー"・ナイ元国防次官補とは対照的である。そういえば彼はつい先日(一月六日)にも日経新聞に大きな記事を寄せており、「日本のソフトパワー」について延々と書いていた。

▼北朝鮮とネオコン

ミアシャイマーが答えたあと、いよいよ観客からの最後の質問では、ニューヨーク大学の教授からネオコンに向けて、短いながらもかなり鋭い質問が出た。「ネオコンさん、あんたら非情な独裁者フセインを倒せ!というてますが、ほんなら北朝鮮も同じでしょ?じゃあ何で攻撃しないの?これって論理的に矛盾しているんじゃないの?」ということである。これはすでにミアシャイマーも同じようなことをすでに討論の中で指摘していたことは、本稿でもすでに述べたとおりである。

これに対して答えたのは、クリストルではなく相方のマックス・ブートであった。彼は「私はもちろん北朝鮮の独裁者(金正日)も倒すべきだと思ってますよ。そういう点ではまだまだブッシュ政権は甘いと思います」と、かなりタカ派なことを言い放ったのである。おおっ、では北朝鮮に攻め込むつもりなのか、ネオコン?!

ところが答えているうちに、ブートは段々トーンダウンしてきてしまった。韓国や北朝鮮から出てくると思われる難民の問題、そして、すでに持っていると思われる核兵器など、とにかくリスクが大きすぎる。よって北朝鮮の問題は経済制裁や周辺国、とくに中国を巻き込んだ外交によって対処すべきだというのである。

なんだかイラク攻撃を唱える時と比べると、ずいぶんとインパクトに欠ける論理になってきた。やはりイラクを北朝鮮と比べられることは、ネオコンにとっての最大の弱点なのである。

リアリストたちの反乱(9)へ  |  リアリストたちの反乱(10)  |  リアリストたちの反乱(11)へ