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「リアリストたちの反乱」(その十一)

▼最終弁論の「隠し玉」

前稿では、会場の観客とパネリストたちの質疑応答の様子を書いた。ミアシャイマーの「国連クソ食らえ論」、そしてブートの「北朝 鮮はイラクと状況がちょっと違う」という歯切れの悪い受け答えによって、両派の立場の違いがあらためて鮮やかに浮かび上がったのだが、これが終わるといよいよ討論会は「最終弁論」(the closing comments)の時間に突入した。

ここではどういうことをするのかというと、各パネリストたちがそれぞれ五分ほどの短い時間を使って、最後の主張をするのだ。これを日本の選挙戦でたとえるなら、ここで各自の候補者たちは「最後のお願い」をするのだ。再び司会者のゲルプ会長が出てきて、最終弁論はネオコンのブート、リアリストのミアシャイマー、ネオコンのクリストル、そしてリアリストのウォルトの順で行われることが宣言された。これは討論会のはじめに行われたのとはまったく逆の順番であり、あくまでも形式にのっとって議論を公平に行おうという主催者側の姿勢がうかがえる。

ところがゲルプ会長はここでちょっと驚くべきことを付け加えた。なんとこの四人の「最後のお願い」が終わったあとで、挙手(立席)でどちらの陣営の議論が説得力あるものだったかを会場の観客たちに投票をして決めてもらう、というのだ。いわば、お客さんに多数決でディベートの勝負をつけてもらうということである。

実はこの「ネオコン」対「リアリスト」の討論会の前にも、このCFRのイベントではコソボ介入やNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大の是非をめぐって討論会が行われており、最後にはこのような投票をして勝負を決めていたらしいのだ。ゲルプ会長は今回もこの投票をやってみようというのである。

前回の討論会のときのメンバーもスゴイ。NATO東方拡大支持を主張したのはクリントン政権でアメリカの国連大使を務めたリチャード・ホルブルック(Richard Holbrooke)であり、それに反対の意見を述べたのがジョンズ・ホプキンズ大学の外交政策の教授であり 、CFRの上級研究員でもあるマイケル・マンデルバウム(Michael Mandelbaum)の二人である。彼らの略歴については語りつくせぬほど色々あって本当に面白いのだが、本稿ではスペースの関係から省略せざるを得ない。

ちなみにこのときの勝負は、NATO拡大支持派のホルブルックが反対派のマンデルバウムに1対3で負けて決着がついている。ところが「実際にアメリカ政府によって採択されたのはホルブルックの政策だったよ」とゲルプ会長が言ったので、会場からは笑いがもれた。ここで議論して勝っても実際に政権にその政策が使ってもらえるかはわからない、という軽い皮肉なのである。

▼最終弁論の火花

とうとう最終弁論がはじまった。最初は若手ネオコンの雄、マックス・ブートからである。彼はまず軽い冗談から入った。ブートはいきなり「皆さんにはわれわれ(ネオコン)の側の投票してもらうために、ここで出血大サービスします。100ドル札をみなさんにお配りします!」と宣言したのである。かなり寒目の冗談(?)だったのだが、会場から多少の笑いはとれた。

ところがここでゲルプ会長は機転をきかせ、「私のアシスタントだったら受け取るね」といってさらに会場の笑いをさそった。なかなか気の効いたおじさんである。人間の本当の頭のよさというのは、こういうところにあらわれる。

最終弁論の時間は短かったようで、各論者たちは手短に自分の論点を述べることが求められた。早口のブートもこれに従って、以下のような三つのポイントに話を集約させてしゃべりはじめた。

①イラクを封じ込めておくためのコストが問題だ。
②ここでイラクに攻め込んでおかないとアメリカの信頼性が崩壊する。
③「抑止」政策は効果がない。

①については彼もすでに述べていたが、彼がここでいう「コスト」とは、駐留派遣軍にかかる経済的な値段というよりも、むしろ政治や安全保障面での値段のことを暗示している。②は国連の決議をアメリカの力で実行せよ、クラウトハマーのいうように紙(ペイパー )ではなく力(パワー)で行け!さもないとアメリカの威信がゆらいでしまうぞ!ということだ。③について、ブートは抑止政策が効かなかった例として日本の真珠湾攻撃、北朝鮮(と中共)による朝鮮戦争、そしてアル・カイダによるニューヨーク連続テロ事件を挙げており、しかも抑止政策が効いたかどうかというのはアメリカが攻撃を受ける瞬間までわからないぞと主張してたのである。日本を持ち出すのはいい加減にしてほしいのだが、とにかくこのような内容でブートは最後の議論を終えた。

次はミアシャイマーの番である。彼は「なぜアメリカが戦争にいかなければならないんだ?国連のためか?正当な理由はあるのか?人権のためか?」「国益のための戦略的な理由がなければダメだ」「われわれはフセインを封じ込めることができるし、何度でも言うがソ連に対しては45年間も封じ込めたじゃないか!」とつづけざまに述べた。これに加えて、すでに発表していた論文でも主張していたように「フセインはそれほど侵略的ではない」という点を強調して、「ナポレオンやヒトラーと比べてみろ!」といったのだ。たしかにこの二人の人物ほどはフセインは「侵略好き」ではない。

そしてミアシャイマーはまたしても会場を爆笑の渦に巻き込んだ。彼はフセインが91年の湾岸戦争終了の時点ですでにキバを抜かれていたと主張してから、戦争前の駐イラク大使のエイプリル・グラスピー(April Glaspie)の代わりに私(ミアシャイマー自身)がフセインと交渉にあたっていれば、湾岸戦争なんかそもそもはじめから起こっていなかったんだ、フセインなんかとっくに押さえ込んでいたんだ!と言ったのである。

このグラスピーという女性大使なのだが、イラクがクウェートを侵攻する直前に「アメリカはこの問題にタッチしません」と発言してしまい、フセインのクウェート侵攻への欲望に火をつけたとして、外交的に大失敗をしたことになっている。しかし陰謀論では彼女がわざとそういう発言をしてフセインをはめたということが言われており、真相はもちろん闇の中だ。

ようするにミアシャイマーがここで言いたかったのは、ワザワザ戦争を引き起こすようなアホな発言をする女なんかよりは、ハードなリアリストの俺様に外交交渉を任せりゃ良かったんだ!ということを言ったのである。もちろんこれを聞いた会場は大爆笑である。

▼負けを認めたネオコン

この爆笑発言のあと、ミアシャイマーは「イラクに侵攻して長いこと居座るようになるとアメリカは中東を植民地化していると受け取られかねない」ということを述べた。いわゆるアメリカのイメージが中東で最悪になる、というわけであり、これによって反米化した人々の中から第二・第三のオサマ・ビン・ラディンがどんどん生まれてくるようになると主張したのだ。ここまでしゃべって、ミアシャイマーは最後の発言を終了させた。

この次はネオコンの首領、ビル・クリストルの番である。彼はこのままではミアシャイマーの議論には勝てないと観念したようで、逆にスッキリした顔をしている。司会のゲルプ会長がミアシャイマーの発言のあとにつづいて「ビル、君もエイプリル・ガレスピーを阻止するためにジョン(ミアシャイマー)を派遣しますか?」と振ってきたのに反応して、「そうですねぇ、今だったらミアシャイマー氏をバグダッドに派遣しますよ」とニヤニヤしながら受け答えたのである。これには会場も爆笑した。ミアシャイマーもゲラゲラ笑っている。

そしてネオコンが自分たちの負けを認める瞬間がとうとうきた。クリストルはややはにかみながら「マックス(ブート)と僕はこの討論に負けそうですが、でもわれわれの政策は実行されそうですね」と言ったのである。「でも、私はここで負けても誇りに思います。なぜならホルブルック氏のように議論には負けても彼の主張していたNATOの東方拡大政策は採用されたし、たしかに彼の主張したことは正しいことでしたから」とリアリストたちに対して最後の一矢を報いる姿勢を見せつつ、「あそこでアメリカが行かなかったらバルカン半島はどうなっていたんですか?」とまくしたてたのである。議論で負けても政策では勝つ、という妙な自信が見え隠れしている。

クリストルは最後に、今の中東政策でのアメリカの「現状維持」(a status quo)を目指す戦略は結局のところは高くつくのだ、中東はどんどん危険な場所になっているのだと主張して、発言を終えた。

▼リアリストのダメ押し

クリストルにつづいて本討論会の最終弁論のトリをつとめたのは、ハーバード大学のリアリスト教授、スティーブン・ウォルトである。彼はまずクリストルの最後の発言の中の「中東はどんどん危険な場所になっている」という部分には「そうだ、たしかに中東は危険だ」と同意しながら、「だが封じ込め作戦をやってもこれ以上は悪くはならない」と反論をはじめたのである。

それに続いて、ウォルトは「負けたかもしれない」と認めたネオコンたちに対して、さらなる追い討ちをかけた。どうしたのかというと、ネオコンたちがイラクの脅威をことさら強調するという「脅し戦術」(scare tactics)を使っている、と痛烈に批判したのだ。

この「脅し戦術」というのは、簡単に言えば人の恐怖感につけこんで無理やり納得させる議論のやりかたのことである。卑近な例では「これを食べなきゃ太ります!」というダイエットの広告みたいなものもそうだし、親が子供をしつけるときに「騒いでいると、恐いオジサンが来るわよ!」というのも、大きくみれば「脅し戦術」の一種である。

ウォルトはイラクの脅威をやたらと強調するネオコンたちの議論は、結局のところはこの「脅し戦術」なのだ、しかもこの戦術はよい議論ができない時に限って使われるものなのだ、と指摘したのである。まさにネオコンたちにとっては手痛い追い討ちである。ほぼトドメをさしたと言ってもいい。

ウォルトはその他にも、「国連の安全保障理事会で承認されなくても戦争に行く!と言ってしまったアメリカが、いまさら国連決議を守るためにイラクに攻め込むのは矛盾じゃないか?」ということと、「イラク侵攻は軍事的には短期間で成功するかもしれない。しかし少しでもうまく行かない部分が出てきたら世界中から政策の失敗と受け取られてしまう」ということ、そして最後に「民主主義を他国に押し付けても成功するかどうかは歴史的にもハッキリした答えが出ていない。やはり民主主義というのは、外から押し付けられるものではなくて内側から生まれて来なければならないものだ!」と主張して、議論を終えたのである。

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