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「リアリストたちの反乱」(その九)

▼爆笑する観客たち

ネオコンのクリストルに「あんたの発言は全く左翼だ!」といわれたミアシャイマーはビックリである。なんせ今までだれも彼に向かって「左翼だ!」なんて言ったことはない。世界最強の右翼的理論家に向かって「左翼」というのはまったくもって前代未聞なのである。

これに驚いたミアシャイマーは、「ボクは今まで左翼(left winger)だなんて一度たりとも呼ばれたことないよ」と発言し、会場が一気に爆笑の渦につつまれたことまでは前稿で触れた。

この発言にハマって笑いが止まらなくなってしまったのが、ミアシャイマーの相方のウォルトである。彼はクリストルに向かって「あんたは間違った人に向かって(左翼って)言ってるよ!」(You've got the wrong guy!)とくり返し言いながらゲラゲラ笑っている。

そりゃそうである。誰もミアシャイマーを左翼だなんて思っていないからである。少なくともこの会場に来ている参加者にとっては「ミアシャイマー=右翼理論家」という公式は常識であり、クリストルの「ミアシャイマーは左翼のレトリックを使っている」という発言はかなりおかしいものだったのである。これにはクリストルの相方であるブートでさえニヤニヤしているほどだ。

一人で怒っているのは当のクリストルである。かなり不機嫌そうであり、かろうじて「無責任な発言は左翼も右翼も同じだ」とつぶやくのが精一杯であった。

ここでクリストルにトドメを指したのが、リアリスト陣営のウォルトである。「ほら、見ましたか。彼のように相手をレッテル張り(name calling)するのは、良い議論を展開していないという一つの証明です。」と発言したのだ。会場からは苦笑が漏れている。

▼「レッテル貼り」という戦略

ここで「レッテル貼り」(name calling)というものについて少し述べたい。これを簡単に言えば、議論をしているときに「こいつは○○だ!」といって論敵のイメージをある一定の枠組みに決定付けてしまうことである。ようするに相手の素性を決めてかかるわけであり、いうなればこれによって議論を聞いている人々の判断を一方的なものにしようという狙いがあるのだ。

具体的な例でいえば、このサイトでもおなじみの「こいつは左翼だ!」「こいつは右翼だ!」というレッテル貼りがある。

まず「左翼だ!」というレッテル貼りから連想されるのは「こいつは反日、外国の手先だ」というイメージである。一方「右翼だ!」というレッテル張りから連想されるのは「こいつは愛国・天皇万歳のアホだ」というイメージであろうか。どちらも「右翼!」「左翼!」というレッテルを貼ることによって相手のイメージをダウンさせることにより、議論の信頼性を落とそうという狙いがあるのだ

このように相手の素性を決め付けてかかるというのはたしかにケンカをしているような状況では効果的かもしれないが、ハッキリ言えばかなり下等な戦術である。なぜなら議論そのもので勝負するのではなく、単にイメージ付けで勝負していることになるからである。簡単にいえば「こいつはアホや!」と言っているだけで、では彼が「どうアホなのか」という肝心の論理的な部分を全く論じていない。

ところが本稿で紹介しているような討論会や政治議論の場では、相手をレッテル貼りのようなイメージ付けではなくて「いかに論理的に打ち負かすか」に勝負の全てがかかっている。よって、クリストルが連呼したような「デマゴージックな議論だ!」「こいつは左翼だ」という議論をした時点で、厳密に言えばその人物は負けたも同然なのである。

▼レッテル貼りの「負けパターン」

このような「負けパターン」は、他のネオコンにもたまに見受けられるものである。たとえば現在のネオコン派の実行部隊のトップである「暗闇の王子」リチャード・パールが、ニューヨーカーという雑誌のシーモア・ハーシュという有名ジャーナリストに、アメリカ国防省の委託を受けた国防政策委員会の(Defense Policy Council)の委員長をやっていたにも関わらず、アラブの武器商人とフランスで密談していたことや、軍需関連のトライリーム社のパートナーだったこと、そして軍事関連の光ファイバーを調達するグローバル・クロッシング社のコンサルタントをしていたことなどをすっぱ抜かれ、議長を辞めることになったというスキャンダルがあった。

この問題についてCNNテレビのインタビューで聞かれたパールは、このスキャンダルを暴いたハーシュ記者を「彼はテロリストだ!」とヒステリックに非難したことがある。ところがこのテロリストである理由というのが傑作で、ただ単にハーシュ記者は世間の誤解を招くように仕向けたからだ、というのである。ところがハーシュ記者が報じた事実は正確であり、ネオコンのパールはこれを別の事実で論破する説明をしていないのである。これなども完全にレッテル貼り「負けパターン」の例である

もちろんこういうのはネオコンだけに限るものではない。アメリカの草の根保守派で人気ラジオ・トークショーのホストを務めるラッシュ・リンボウは、「自由・革新派」という意味の「リベラル」(Liberal)という言葉を、明らかに「全体主義者」や「非効率的な社会主義者」というネガティブ(否定的)なレッテルとして使っている。

先日もゴア前副大統領が民主党のハワード・ディーン候補への応援を決定したときに「ほら見てみろ、ゴアはやっぱり"リベラル"だということを完全に露呈したじゃないか!」と自分の番組で叫んでいた。ここでも"リベラル"ということばは完全にマイナスのイメージをつけられた「レッテル」なのであるが、では「どうマイナスなのか」という説明はほとんどされていない。もちろん彼は自分の番組で長年「リベラルとはどういうことか」ということを論じて来ているから「何をいまさら」なのかもしれないが、これも真面目な議論では「負けパターン」になってしまう。

ちなみにラッシュ・リンボウにはもっと強烈な、「必殺のレッテル」がある。それは「フェミナチ」(feminazi)というものである。彼はこれをフェミニスト(女性人権主義者)を批判するときに使うのだが、なぜ「フェミナチ」なのかといえば、フェミニストはナチスのように世間の男性の議論を弾圧し、ホロコーストするからだ、ということなのだ。

なんとも過激な「レッテル貼り」なのだが、さすがにこれは多くの非難を呼び、現在はあまり使っていない。それもそのはず、リンボウはこれをレッテル貼りによる「負けパターン」だと薄々感づいているからだろう。

▼自由討論の時間

討論会の話に戻る。クリストルはリアリスト学者のミアシャイマーを「左翼だ!」というレッテル貼りをしたおかげで赤っ恥をかいてしまったのだが、その後も冷静な議論がつづいた。いくら大笑いしても真面目な議論にすぐ戻って話をはじめるのが、欧米の討論会の大きな特徴である。

ネオコンのブートが「議論の中心はアメリカが中東でどう受け取られるかということにかかっている」と指摘してから、もしアメリカ軍が自由解放軍として迎えられればどうなるか、として軽い嘲笑をさそった。やはりこの問題ではもうネオコンには勝ち目がなさそうだ。ブートは歴史の話を引用しつつ、イラクの人々に「生活が向上した」と感じてもらえばよい結果がついてくる、と論じて、あっさりと話を終えた。

この後、会場からは大学教授やメディア関係者などを中心に、イラクは化学兵器などの大量破壊兵器を持っているがこれについてはどう対応していくべきなのか、そして戦争が引き起こす問題(環境破壊、死者、孤児)について四人のパネリストは全然語っていないとする指摘、その他にもなぜリアリストたちはイラクが核兵器を作っていないとそこまで確信できるのなどの質問が次々とだされたのである。

このなかでも注目に値するのは、やはりフォックスニュースの女性記者がミアシャイマーたちに質問した国連がらみの質問と、ニューヨーク大学の教授がネオコンたちに質問した、北朝鮮に関する質問であろう。この二つの質問こそが、ネオコンとリアリスト学者たちの特徴を大きく浮き立たせることになったからである。

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