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「リアリストたちの反乱」(その四)

▼議論のやりかた

ではネオコンとリアリストたちが具体的にどのような議論の応酬をしたのか、実際の様子を詳しく見てみよう。

実はこの議論、日本でも「論座」という月刊言論誌の2003年4月号に、要約された和訳が掲載されているのだが、これを読んだだけでは臨場感がまったく伝わってこない。しかも議論をしている学者の説明などがほとんどなく、かなり不親切な内容である。

しかもこの記事の最大の失敗は、この討論会の最後に、ネオコンとリアリストのどちらの議論がよかったかを現場の観客たちに挙手してもらい、ディベートの勝負の判定をしていたという事実を、全く紹介していない点にある。

よってこの記事では議論で出てきた意見だけを紹介しただけで、それを見ていた報道陣や学者たちの観客達が、最後にどのような判断を下したのかという、肝心な部分を伝えていないのである。

▼仕掛けるリアリスト

すでに述べたように、この討論会はメディアや学者たちの前での公開ディベートだったので、かなりきっちりとした形式にのっとって行われた。

まず最初に「リアリスト」のスティーブン・ウォルトが10分間の意見発表をおこない、それに続いて「ネオコン」のビル・クリストルも10分演説。そのつぎに「リアリスト」のミアシャイマーが5分間の反論をおこない、「ネオコン」のマックス・ブートもそれに対して5分間の反論をする。

それから観客を巻き込んだ質疑応答に流れ込んで自由討論。そして最後に四人がそれぞれ最終弁論を行う、というものである。

まず口火を切ったのはウォルトである。彼はかなりハッキリした調子で、なぜイラク戦争に反対するのかを、矢継ぎ早に三つの要点にまとめて主張しはじめた。

①イラクの脅威は誇張されすぎている
②先制攻撃を行っても、それから生まれる利益が少ない。
③むしろ政治的・経済的な損失が、利益を大幅に上回る可能性がある。

そしてここから導き出される結論が、「フセイン囲い込みは効果があったし、将来においても効くはずだ、よって、予防対策として先制攻撃するよりも、囲い込みのほうがはるかに望ましい選択だ」ということなのである。

これを証明するために、ウォルトはイラクが今まで一回も大量破壊兵器(WMD)をアメリカなどの保有国に対して使ったことがないことや、フセインがアル・カイダに大量破壊兵器を渡すことはナンセンスだということ、戦争にかかる費用が最低でも一千億億ドルを下らないということ、そしてなによりもこの侵攻によってテロの脅威を増長させてしまうということを、規定時間よりも短くまとめて論じ切ったのだ。

思ったよりも短くまとめたので、ウォルトは司会者でCFRの会長であるレスリー・ゲルプからちょっぴり褒められている。

▼返すネオコン

次に登場したのは、現代のネオコン知識人の首領格である、ビル・クリストルである。彼はウォルトに比べれば声のボリュームが小さめで、しかもかなりの早口でしゃべるので、心なしか、やや自信がなさそうにも見える。

クリストルはまずはじめに、今日の討論会に参加するはずだったフランスのドビルパン外相の代役となって出場したウォルトがとても素晴らしい議論をした、と軽いジョークで会場の笑いをさそった。もちろんドビルパンが参加する予定は初めからない。

しかしこのような小さなことからも、いかにネオコンが戦争介入に反対していたフランスを快く思っていないかが手にとるようにわかる。フランス外相も反戦派という理由だけで、ネオコンのジョークのネタになってしまったのである。

クリストルが主張したのは主に七つの点である。これを順に並べていくと、以下のようになる。

①パウエル国務長官が国連で示した証拠だけで十分。
②チャーチルが民主主義制度に対して述べた有名な言葉のように「最低だが他のどれよりもマシだ」
―――すなわちイラク先制攻撃以外に選択肢の余地ナシ。
③今攻撃しないというリスクのほうが、むしろ大きい。
④「封じ込め」は効いていない。ウォルトも「封じ込めが今でも成功している」とは一言も言っていない。
⑤フセインが大量破壊兵器、特に核兵器などを使わないという保証ナシ。それにテロリストともつながっている。
⑥ソ連を封じ込めた、という比較こそがナンセンスだ。誰もキューバミサイル危機が起こった緊張の時代に戻りたくない。アメリカはイラクを封じ込めることができるかもしれないが、ハンガリーやチェコのときのように、こっちも奴らに手出しできなくなる。
⑦フセインを倒すことはイラク人民のためだ。これはアメリカの使命でもある。

以上のことを、クリストルはものすごい早口で一気に説明した。基本的には「フセインはヤバイ」という考えをベースにしていることが見え見えで、あまり論理的にガッチリとした説明とは言えそうもない。しかしここで重要なのは、ネオコンの彼が「ウィルソン主義」(Wilsonionism)という言葉を使い、アメリカの世界における使命という理想を全面的に押し出して、聴衆の感情に訴えかける議論をしたことである。

「アメリカの使命」ということを強調するのは、ネオコンの知識人たち全員にほぼ共通する戦略である。一般的なアメリカ人は、こういう愛国的な主張にコロッと参ってしまうのだ。

そのほか日本人の関心のあることでは、クリストルは北朝鮮の状況についても多少述べている。しかしクリストルはイラクよりも深刻に思える北朝鮮の脅威についてはひとまずおいて置こうといってくわしくは触れていない。

もちろんこのときのテーマがイラクだったからなのだが、基本的にはイラク同様に、北朝鮮もつぶしてしまえという考えではあるらしい。

このようなクリストルの意見に強烈な反論を加えたのが、次の発表の番を待っていたミアシャイマーである。とうとうここで「真打」が登場したのである。

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