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「リアリストたちの反乱」(その五)

▼クリストルの「捨て台詞」

前稿で書き忘れたことがある。クリストルがイラク攻撃・賛成論を述べたときの、最後の一言である。

クリストルはご存知のとおり、「イラクの(核兵器による)脅威がある世界で生きるのはまっぴらごめんだ!」という主張して議論をまとめたのであるが、その議論を締める最後の最後で、けっこう意味深な発言をしているのだ。

彼が実際になんと言ったのか。これを原語でそのまま抜き出してみると、かなりスゴイことをいっていたことがわかる。

"I think we can act to remove Saddam, I think we should and I think we will."

「我々はフセイン追い出しを実行できると思います。やるべきだと思いますし、やるでしょう」

この最後の「やるでしょう」(I think we will)とは何なのか。鋭い人はこのクリストルの「ボケ」に、思いっきり強烈な「ツッコミ」をかまさなければならない。ここで思い出していただきたいのは、この討論会がおこなわれたのがイラク攻撃のはじまる一ヶ月以上前だ、という事実である。

▼すでに計画されていた軍事行動

クリストルの言葉が何を意味するかは、もうみなさんもおわかりだろう。イラク攻撃は一ヶ月以上前から、すでに「やる」ということが決定していた、ということであり、クリストルはこれをネオコン仲間から聞いて知っていた、ということである。

たしかにひとつの軍隊を、しかも長期にわたって海外に派遣するためには膨大な人員を動かさなければならないし、それには綿密に練られたかなり細かいプランが必要で、準備にはかなりの時間がかかる。世界最大規模を誇るアメリカ軍を、特定の地域に一気に集結させて作戦通りに行動させるとなると、何ヶ月も前からその作戦が練られていたと考えなければ、つじつまが合わないのだ。

まずどうやってバグダッドを攻め落とすのか、からはじまり、兵站・輸送の問題をどうするのか、どう石油施設を守るのか、どのような作業を他の同盟軍にやらせるのか、どのような復興計画を実行するのかなどなど、その細かい下準備の計画まで含めれば、とても一ヶ月ちょっとでできるわけがないのである。これから考えると、イラク侵攻はかなり以前からこのタイミングでおこなわれることがすでに決定していたと見ていい。

これを裏付ける証拠も出始めている。アメリカの国務省では、今回のイラク戦争のはじまる一年ほど前から、政権交代後のイラク統治に関する非公式の研究をかなり頻繁におこないはじめていた。このときのプランを練っていたのが、現在は外交評議会の会長をつとめるリチャード・ハース(Richard Haas)である。

アフガニスタン侵攻の時もそうである。2001年の9月にニューヨークで起こった連続テロ事件の直後、アメリカはタリバンに対してすぐに軍事行動をおこなったが、これもかなり以前からアメリカはテロ事件が起こることを知っており、その反撃として攻撃を計画していたとしか考えられないようなすばやいタイミングだった。

こういうことをいうと、「陰謀論を唱えている」と勘違いする人もいるかもしれないが、何万もの人や武器をひとつの地域に集めて戦争をすることがいかに手のかかる準備や作業を必要とするのか考えてみれば、一発でわかる。

幹事などをやったことのある人はわかると思うが、たった二・三日の社員旅行の準備でさえあれほど大変なのである。ましてや人の命がかかわってくる軍事行動を、何万人規模で行うアメリカ軍である。時間がかかるのはあたりまえであり、相当前から準備しておかないと、とても間に合わないのだ。

▼ミアシャイマーの反撃

このような「意味深な捨て台詞」を残したネオコンのクリストルに代わって登場したのが、アメリカ最強のリアリスト学者、ジョン・ミアシャイマー教授である。

ミアシャイマーはまずクリストルの発言を引き合いに出して、今回の議論のメインテーマが「大量破壊兵器」(WMD)であり、しかも生物/化学兵器ではなくて、核兵器の抑止力の問題だと指摘した。

リアリストの学者にとって核兵器の抑止力について議論するというのは、強いて言えばドラえもんがドラ焼きについて語るようなものである。ようするに彼らの大好物であり、超得意分野なのだ。これは自分の得意分野に議論を引き込んだ、ミアシャイマ―の作戦勝ちである。

核兵器の抑止力の問題であることを宣言したミアシャイマーは、間髪を入れず、ここでわれわれに突き詰められた問題は「核兵器を手に入れたサダム・フセインを、アメリカは封じ込めることが出来るのか?」である、とずばり言いのけた。この答えが「イエス」か「ノー」か、ここが一番の問題なのだと迫ってきたのである。

もちろんミアシャイマーの答えは「イエス」であり「封じ込めることができる」と言い切った。そして最初に発言したウォルトと同じように、冷戦時代にアメリカがソ連を封じ込めて成功した例を引き合いに出して、以下のように語りはじめたのである。

「冷戦時代を考えてみろ、我々はピーク時に4万発以上の核弾頭を持っていたソ連を、45年間も封じ込めたじゃないか」「しかもソ連はフルシチョフやスターリンのような非情な独裁者たちのよって統治されていたんですよ」「ブッシュ大統領やライス補佐官なんかが『フセインが核兵器で我々を恐喝する』とか言っているが、あんなに核弾頭をもっていたソ連が我々を恐喝できなかったのに、フセインだけが我々を恐喝できるというのは、やっぱりおかしいでしょう」

このように、ミアシャイマーは非常にハッキリとわかりやすい英語で、ネオコン側がフセインの脅威を誇張していることをまずビシッと指摘したのである。

ミアシャイマーは次に、ネオコンの得意な「使命」「正義」というアメリカ人の愛国心に訴えかける議論を粉砕することに取り掛かった。一体どういう発言をしたのかというと、なんとアメリカが日本に対しておこなった悪行を、次々と述べ始めたのである。

「ビル(クリストル)はアメリカがイラクに対して大量破壊兵器で報復するかどうかわからないと言っておりましたが、みなさん、よく思い出してほしい。この世界の歴史で、他国に対して核兵器を使ったのはただ一国、われわれアメリカなんですよ!」

ほぼ爆弾発言であると言っていい。少なくとも歴史を知らない今のアメリカの若者たちにとっては、かなり耳に痛い議論であろう。さらにミアシャイマーはつづける。

「われわれに正義があるとは考えるな!我々は、恐ろしい国なんだ!」「だから他のどの国も、アメリカに対して大量破壊兵器を使おうとはしないんだ!」このような議論から、ミアシャイマーは「われわれには核兵器という抑止力がある、だからイラクを封じ込められるのだ!」と言いたいのである。

こういう議論の仕方は、ネオコンにはできない。ネオコンは「われわれは常に正義の味方だ!」と考えていたい人々であり、「まず我々が正義である」という前提から議論をはじめているのである。

ところがリアリストのミアシャイマーは「世界は国益の計算だけで動いている」と冷静に考えているため、「アメリカの『使命』や『正義』とかごちゃごちゃいうな!」「我々が持っている核兵器と軍事力が怖いから、奴らは反抗してこないのだ!」という冷酷な事実の確認から、議論をはじめたのである。

リアリストにとってなによりも重要なのは、あくまでも「事実」なのである。彼らは体の芯から「リアリスト」(現実主義者)なので、事実や物的な証拠という現実的なもの以外には、まったく目もくれないのだ。ネオコンがよく使う「アメリカの使命」や「正義」などは、彼らにとっては問題外の話なのである。

よってリアリストにすれば、ネオコンの前提である「正義」という幻想を叩きのめすことなど、赤子の手をひねるよりも簡単なのだ。

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