▼ミアシャイマーの追撃
原爆を使用したのは世界でただ一国、このアメリカだ!という爆弾発言でネオコンたちのドギモを抜いたミアシャイマーは、さらにネオコンの切り札である「アメリカの正義」という幻想を、徹底的に叩きのめす発言を続けた。
「原爆投下は、世界史上でも最も激しいレベルの空爆に続いて行われたのだ!」「われわれは日本の住民を焼いて殺したのだ!」「1945年の3月から9月の間に空襲で90万人を殺し、二つの原爆を落としたのだ!」
あまりアメリカ人が聞きたくない史実である。しかしこれによってミアシャイマーが狙っていたのは、「アメリカは恐ろしいことができる国なのだ、だから他の国は怖がってアメリカに歯向かってこないのだ」ということを知らしめることなのである。
すでに述べたように、ミアシャイマーにとってアメリカが「正義」であるかどうかは、彼の「現実主義」(リアリズム)という流派の分析には全く関係がない。彼にとってはすべての国家は単なる「国家」であり、それ以上のものでもなければ、それ以下のものでもない。
よって、その行動のしかたはすべて同じであると考えるので、アメリカが怒ったときの恐ろしさ、アメリカの犯した罪などを発言で使うことは、全く平気なのである。
▼ミアシャイマーはアメリカの左翼か?
ここまでの彼の発言を読んでみると、ミアシャイマーというのはアメリカの左翼なのか?という気がしないわけでもない。アメリカのあまり触れたくない過去の罪である、広島・長崎への原爆投下や東京大空襲などに触れているのだから、当然そのように考えられてもおかしくはない。
しかし彼は徹頭徹尾、アメリカの右派/保守派なのである。その最大の理由なのだが、彼は常にアメリカの「国益」(national interest)のことしか考えておらず、その計算しか頭にないからである。
「なにをいうか、原爆投下の罪について発言したんだから、アメリカの『国益』を考えているとは言えないだろ?!」というのは、たしかに正しいツッコミである。
ところが原爆について発言しようが、空爆について発言しようが、ミアシャイマーの「国益計算」にとって全く支障がでない。なぜなら彼はすでに述べたように、アメリカを世界の他の国々とまったく変わらない「一つの国家」としか考えていないからだ。
この単なる「一つの国家=アメリカ」の国益を最大限に引き上げるためにはどうしたらいいのか?これだけがミアシャイマーの唯一の関心なのである。
ここから導き出される結論は何か。「アメリカの国力(経済力)を温存しつつ、軍事バランスで常に優位に立て」ということである。よってかなり極端にいえば、国力や軍事バランスという面で損がなければ、アメリカが何をしようとかまわない、ということにもなるのだ。
これは核兵器の問題にもつながってくる。ミアシャイマーをはじめとする現代のリアリストたちは、厳重にしっかりと管理されるという条件さえ満たせば、世界の国々に核の保有を認めたほうがむしろ世界平和に役立つとさえ言っているのである。彼ほど有名な学者が日本にまったく紹介されないのは、こういうところに原因があるのかもしれない。
話をもどす。アメリカが日本に原爆を落としたことが道徳的に悪いと匂わせながらも、この悪行が他国の恐怖を引き起こして、アメリカへの攻撃をためらわせる抑止力になった、サダムだって封じこめることができる、だから余計な軍事行動を起こして国力を無駄遣いするな、というのが、ここでのミアシャイマーの主張である。
まさに物理的・力学的な分析であるが、こういう分析は左派/自由主義者(リベラル)にはとうていできない。ミアシャイマーは決して「道徳」や「正義」で物事を判断せず、軍事・安全保障を中心に考えるバリバリの右派であり、国益優先主義者なのである。
▼北朝鮮、核の抑止力、そしてイラン
引き続いて「国際政治というのは、テーブルにおかれた最悪の選択のどちらかをえらぶというとであると自分の生徒に教えている」と発言したミアシャイマーは、現在のアメリカが直面している「イラク侵攻」か「封じ込め」かという二つの選択肢であり、そのうちではやはり「封じ込め」のほうが良いと発言した。
もちろんクリストルが言ったように冷戦中の「キューバ危機」のような最悪の事態が起こりうる可能性はある。しかしそのようなことが起こる確率は非常に低い。たしかに封じ込めは大変かもしれないが、できないことはない、というのだ。
これを証明するため、ミアシャイマーは「ブッシュ政権は北朝鮮に対して明らかに封じ込め戦略をとっているじゃないか!」と指摘して、イラクも封じ込めできないワケがない、とその矛盾をズバリと突いたのだ。
ところが「イラクのおかげで中東に核兵器がドミノ式に広まってしまう!」というクリストルの主張には、とりあえず同意している。この理由として、核兵器の抑止力や究極の防衛兵器としての特徴が、世界中の国家にとって非常に魅力的であるからだ、と彼は説明したのである。こういう説明では、リアリストの本領を思う存分発揮できる。
しかしそれでもミアシャイマーは、クリストルのように「イラクから無理やり核兵器を取り上げろ!」ということは言わない。むしろアメリカがイラクに侵攻すれば中東の周辺国はますます不安になり、逆にアメリカからの侵攻を防ぐ目的から次々と核兵器を持ち始めるようになる、と見たからである。
しかもこの兆候がすでに見られており、イラクのアメリカ属国化に対抗して、ロシアがイランに核を持たせようとしているのがそれだ!として、ミアシャイマーは圧倒的な発言を締めくくったのである。
▼ブートの反論
ミアシャイマーのあとを続いて出番となったのが、ネオコンの若手ホープ、マックス・ブートである。彼もクリストルと同様に早口で声が小さく、ちょっと自信がないような感じである。当日の会場のマイクのセッティングのせいかも知れないが、とにかく彼の声は聞きづらい。
ミアシャイマーによって「アメリカの使命」や「正義」というカードが使えないとわかったのか、ブートは「世界がアメリカをどう見ているか」という一点に集中して議論を仕掛けてきた。
まずターゲットにしたのは、ウォルトとミアシャイマーの二人がフセインを「箱」(box)に閉じ込めておけ、と発言したことである。これに対してブートは、「そんな消極的なやりかたで中東諸国のテロリストはわれわれをどう見るかわかりますか?」と攻め立てたのである。
ブートにとって一番気がかりなのは、こういったアメリカの消極的な姿勢がテロ組織であるアル・カイダを増長させている、ということである。ようするにアメリカがフセインを怖がって、敵に「弱さ」(weakness)を見せてしまっているということなのだ。
この「弱さ」こそが、アル・カイダをニューヨークのテロ事件へと駆り立てたという。この根拠として、ブートはオサマ・ビンラディンがアル・カイダの隊員募集ビデオの中で「アメリカ軍はロシア軍よりもはるかに弱い」と発言していたことや、ニューヨークのテロ事件発生の時に中東の町は大騒ぎだったこと、ところがアメリカがアフガニスタンを制圧したときに町は静まり返っていたことなどを指摘した。
だから我々は弱さを見せてはならない、テロ組織を怖がらせるためにもぜひ侵略すべし、ということなのである。ブートは最後に、アメリカはビンラディンの言うように「張子の虎」(a paper tiger)ではいけないのだ、として発言をしめくくった。かなりマッチョな議論の組み立て方である。
このブートの発言で、ひとまず最初の議論・反論の時間がおわった。そしてそこから休憩をはさまず、すぐさま自由討論の時間に入ることになった。実はここが今回の討論会のクライマックスとなり、ネオコン対リアリストの火花散るバトルが繰り広げられることになったのである。