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「リアリストたちの反乱」(その八)

▼楽観するネオコンたち

いよいよこの討論会のクライマックスがはじまった。ミアシャイマー及びゲルプ会長の発言のあとの討論は、主に戦後のイラク統治、そしてアメリカ本土をテロから守ることについて、ブッシュ政権は確固としたアイディアを持っているのか、そしてアルカイダ&イラクという二つの敵に対して同時に戦えるのか、などの話題を中心に話がすすんだ。

これらについては、政権に近いネオコンのクリストルが「ブッシュ政権はしっかりとしたプランがある、大丈夫だ」といい、相方のブートが「第二次大戦の時だって、ヒトラーとトージョー(東條英機首相)に対して二正面作戦で戦って勝利しましたよ」と発言して自信をのぞかせる展開になった。かなりの楽観論である。

ところがそんな楽観論を見て黙っていられないのがミアシャイマーである。彼はまたやってくれた。ネオコンの信奉する「正義」や「アメリカの使命」を粉砕する議論で、彼らを激しく挑発したのである。

▼悲観すべき占領後のイラク

まずミアシャイマーは、ブートの発言にあった「アメリカはイラクを軍事的に占領できる」という部分はしっかりと認めたうえで、しかしそこから本当の問題がはじまるのだ、と言った。彼によると、イラク侵攻完了後の問題は以下の三つに集約される。

①イラク統治に気を取られて、テロ問題などに手が回らなくなる。
②アラブ・イスラム世界でのアメリカの印象が悪化する。
③国家のつくりかえに難あり。

①についてはなぜ彼ら(ブッシュ政権のネオコンたち)」はイラクばかりを見ていて、肝心の北朝鮮のほうに注目しないのか、北朝鮮のほうがテロリストに核兵器を渡す可能性が多いじゃないか、ということである。アメリカ軍はイラクに長居することになるだろう、そしてそこに国力を注ぎ込むから、他の事まで手が回らなくなるというのだ。これはシオニスト(イスラエル国家主義者)であるネオコンに対しての「当てつけ」とも取れる発言なのだが、事実を言っているので反論のしようがない。たしかに核開発という意味では、イラクよりも北朝鮮のほうがよっぽどアメリカ(および日本)にとっては脅威だ。

②は言うまでもない。イラクに武力で侵攻したら中東地域でのアメリカの印象が悪くなるだけである。彼らはますますアメリカを憎むようになる、そしてテロの温床になる、というのは火を見るよりも明らかだ。

③なのだが、これはネオコンが日本やドイツの例を持ち出して「イラクも民主国家になれる!」という意見に対する反論である。ミアシャイマーは元々ドイツや日本には民主国家となる文化的土壌があったから、アメリカが占領したあとでもすぐ成功した、というのだ。たしかに日本では「大正デモクラシー」、そしてドイツでは「ワイマール共和制」という時代があった。

ところがアメリカの保守派の間では「やはり我々がドイツや日本を作り変えてやったのだ!」と真面目に考えている人々がたしかにいる。特にひどいのになると、「日本は迷える子羊だった、われわれが導いてあげた」などと勘違いしたような議論をしている「オバコン」(オバサン保守派)もいるくらいである。「オバコン」については、他の機会で説明することにする。

話を戻す。ミアシャイマーはとくにドイツの例を引き合いに出して、当時の西ドイツにはソ連という身近な脅威があった、よって彼らは民主化してアメリカに頼るということで危機を切り抜けたという事情がある、だから民主化がスムーズに行った、と主張した。ところがアメリカがイラクに侵入すれば、今度はアメリカ自身が脅威になってしまう。自由解放軍ではなくて占領軍だ、しかもイラクには民主主義が根付くだけの土壌がない。イラク国民に憎まれた上に統治がむずかしくなる、ということなのだ。

まるでその後の状況を見透かしていたようなコメントである。

▼ミアシャイマーの敷いた地雷

ここで注目すべきなのは、ミアシャイマーがこの反論の中で、ある「地雷」を仕掛けていたことである。どういうことかというと、上のコメントをしている合間に、彼は「アメリカは占領したらイラクを巨大なガソリンスタンド(a giant gas station)につくりかえる」ということをくり返し発言したのである。これが「地雷」である。

本稿で何度も指摘している通り、ネオコンはこういう議論が絶対に許せない。なぜなら彼らは常にアメリカが正義で、神から与えられた使命を実行しているのだと考えなければ気がすまない連中だからである。だからミアシャイマーのいうように「石油のために戦争をしている」という、アメリカの崇高な大義をぶち壊してしまうことをほのめかすような議論が大嫌いなのである。

ところが現実主義者のミアシャイマーにとっては、アメリカに大義があろうとなかろうと関係ない。彼にとって重要なのは「国際政治の力学にしたがってアメリカは動く」ということであり、正義や道義など関係ないのだから、「アメリカはイラクの石油を使う」と発言してもへっちゃらなのである。

この「地雷」を思いっきり踏んでしまったのが、ネオコンのクリストルであった。彼は爆発した。

▼地雷を踏んだネオコン

アメリカの「イラク・ガソリンスタンド化」計画を暴いたミアシャイマーの「地雷」発言のあと、ネオコンのクリストルはこれについて反論を開始した。彼はまた例のごとく低い声と早口で、「シカゴ大学の教授がそういう発言をするとは面白いです」とはじめた。かなりネチネチした言い方である。

シカゴ大学というのは以前から保守派の優秀な教授を集めることで有名だ。政治学でいえばなんといっても正真正銘の古典的リアリストであるハンス・モーゲンソーをはじめ、最近ではネオコンの指導者として名を馳せたレオ・シュトラウス、それに「全体主義の起源」という本で世界的に有名なハンナ・アーレントもここで教えていた。

アメリカの知識人層ではこういうことは常識なので「なぜ右派のはずのシカゴ大学の教授がイラクの石油の話なんか持ち出すんだ?」という感覚でクリストルは話をはじめたのである。アメリカの一般的な政治感覚でいえば、右派の人間が海外派兵に関して「これは石油がらみだ!」というような議論はしないはずだ。そういうのは左翼のやりかたであるという感覚は、われわれにもなんとなくわかる。ところが、よりによって一番保守的であると思われていたシカゴ大学の教授であるミアシャイマーがこういうことを言い始めたのである。クリストルの発言には強烈な皮肉が入っていたのである。

クリストルはその次に「しかし私はそれをかなり侮辱だと思いますよ」「あなたは我々がイラクを攻撃するのは、間違った"ウィルソン的理想主義"のためではなくて、石油のためだと言うんですか?」と発言した。

ちなみに「ウィルソン的理想主義」(Wilsonian Idealism)というのは、簡単に言えば「世界の国々に民主主義を広めよう」というアメリカの外交政策における理想主義のことである。20世紀はじめのウィルソン大統領がこの「民主主義の海外輸出」という理想を大々的に掲げたのでこのように呼ばれる。かなり過激かもしれないが、ネオコンももちろんこの考えのれっきとした継承者である。

「いいえ」とあっさり答えたミアシャイマーは、立て続けに「でも結局イラクをガソリンスタンドにするんでしょ?」とすかさず合いの手を入れた。

会場は爆笑である。

▼泣き叫ぶクリストル

これによってクリストルはキレた。「ガソリンスタンドなんかにしませんよ!我々はイラクを解放しようと・・・」といいかけた。ところが会場の笑いが止まらない。クリストルも半分あきれて、「ああそうですよ、はいはい」とつぶやくしかない。

しかしミアシャイマーはまだ攻撃の手を緩めない。

「でも君たち(政権にいるネオコンを含む)は、イラクの石油で払うと・・・」とミアシャイマー。

「ええ言いましたよ」、とクリストル。「だったらイラクの石油で戦争資金をまかなうということでしょ?」とミアシャイマー。

ここで堪忍袋の尾を切らしたクリストルは爆発した。「何なんですかあなたは!イラク攻撃のリスクが高いからやめろという話ならわかります。でもあなたはアメリカが石油のために攻撃をすると・・・!」

「そうは言ってませんよ」と冷静にミアシャイマー。

「まったくデマゴージック(扇動的)な言い方ですよ!」とクリストル。

「言ってませんよ」と再びミアシャイマー。「私が言ったのは、イラクの石油で得た資金を統治のために使う、ということです」

ここまでくると、クリストルは今にも泣き叫ばんばかりである。「たしかに我々はイラクの石油を使うかもしれませんよ、しかしそれはイラク人自身の解放のために使われるんです!それの何が悪いって言うんですか?!」「石油こそが狙いだなんて議論として成り立ちませんよ!まったくのデマです!」

そしてここでとうとう、クリストルはものすごい発言をしてしまった。「これは本当に無責任な、"石油のための戦い"という左翼のレトリック(left wing rhetoric)です!」

これに驚いたミアシャイマーは、「ボクは今まで左翼(left winger)だなんて一度たりとも呼ばれたことないよ」と発言した。これによって、会場は一気に爆笑の渦につつまれたのである。

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