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地政学を英国で学んだ
しばらくお待ち下さい。
2012年7月1日 "仕事"に役立つ!?リアリスト戦略

-▼今日のChoke Point▼-

1:現代でも活きる「分割して統治せよ!」の知恵。
2:目には目を歯には歯を記念碑には記念碑を。
3:覚悟を決めるべき刻。

-▲         ▲-

#チョークポイント - Wikipedia ( http://goo.gl/z1J9z )

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「アメ通」読者の皆さんならば、
divide and rule(「分割して統治せよ!」)
という格言をどこかで聞いたことがあると思う。

帝国時代の古代ローマが、
新たに征服した土地を治める際の手法として、
この格言による戦略を使っていたことは知られており、
大英帝国が第二次大戦後に撤退する時に、
インドとパキスタンに対して行った政策もこれである。

いままで一つだった地域を別の枠組(宗教・民族・言語など)
で分断し、互いに争い合わせることにより、支配者だった帝国側には
決して歯向かってこさせないようにするのだ。

これは属国側の注目する方向を、覇権側ではなく、
互いの内部同士の抗争のほうに振り分けるということである。
つまり覇権側は、属国側を「注意散漫」にするのだ。

今回の「アメ通」では、この「divide and rule」が
私たちが生きているこの世界でも、
依然リアリティを持っている、という話をしたい。

--

先日のことだが、アメリカの市場調査会社のJDパワーが、
アメリカにおける自動車メーカーの
顧客満足度について調べた結果を発表した。

▼ J.D.パワー、「米国自動車初期品質調査」でレクサスが2年連続1位に
  http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20120621_541590.html

この調査結果を分析している記事によれば、
フォードが今年度にランキングを落とした理由として、
「タッチスクリーンを中心としたオンボード機能を強調しすぎた」結果、
新車に乗った客が「複雑になった機器が使いづらい!」
と感じて不満度がアップした、ということである。

▼Car Survey Shows Fewer Complaints
   but More With Personal Electronics - NYTimes.com
  http://goo.gl/jm5bS

車の運転というのは、ただでさえ尋常ではない集中力が必要とされる。
しかし、タッチスクリーンを使ったカーナビは、
運転をしている人間に対してさらに多くの操作を要求することになる。
そうなると運転者は集中力を削がれてしまい、
どうしても注意散漫になってしまう。

なぜなら人間という生き物は、
脳に情報を入れ過ぎると逆に混乱してしまい、
ものごとを正しく判断できなくなる性質を持っているのだ。

このことは「人間の性(サガ)」ともいえるのだが、
これが古代から国際政治におけるリアリストたちによって
「相手につけ込むために、都合のよい人間の弱点」
として戦略の基礎になっており、
実は古今東西、現代に至るまで、実際に活用されているわけである。

この「注意散漫」というキーワードを覚えておいて頂きたい。

--

さて、今回の「アメ通」読者の皆さんと共に考察したいトピックは
最近のいわゆる「従軍慰安婦問題」である。

ご存知の方も多いと思うが、今年に入ってから、
在米韓国人たちを中心に、いわゆる従軍慰安婦の銅像を
アメリカの公共施設などで建設するような動きが出てきている。

そもそも、この問題自体が、
客観的に事実関係を押さえただけでも、
我々日本国の立場からすると到底容認できない事柄であり、
日本の国益にたいする韓国側からの大きな挑戦なのだが、
残念ながら日本国内においては、
真っ当な報道すら為されていない状況である。

これまで、このような動きを放置してきた
日本の現政権および外務省の怠慢である。

しかし、この状況を我々が批判するにしても、
自己満足的に、ただ情緒的に非難して、
それでこと足れりとしていては、これからも状況はなにも変わらない。

そこで、私は「アメ通」読者の皆さんと共に考えてみたい。

もしあなたが日本政府のこの事案の直接の担当者だったと仮定して、
このような自国の国益に対する重大な挑戦的行為があった時に、
果たして、如何なる手を打てば良いのだろうか?

言うなれば、この問題に「戦略的」に対処するには、
一体どうすればいいのだろうか?

==

ここで活きてくるのが、
今回のテーマとしている「分断統治」的な手法・考え方である。

たとえば、今アメリカで実際に起っているように、
ある都市の公共施設に銅像が建てられた、といった場合には、
日本側はその対抗措置として、
ベトナム戦争時に行われたとされる、
韓国軍兵士による、法を逸脱した行為の数々を訴える、
といった措置を取ればよい、ということになる。

ましてや、韓国側が「慰安婦の"人権"」という
世界普遍的な価値観を正面に押し出して「攻めて」きているので、
我々もそれに対抗して
「韓国兵に被害を受けたベトナム人の人権」
を強調して、堂々と銅像や記念碑などを建ててしまえば良いのだ。

さらにいえば、日本は表に出ずに、
あくまでも韓国兵士によって被害を受けたことを非難する
ベトナム人の人権団体などを
陰ながら積極的に支援するような行為に出れば良い。

そうすると、この二つは「人権問題」であることは一緒なので、
「日本も韓国もお互いさまでしょう」ということで抑止が効き、
相手側の人権被害を訴える「正統性」のロジックは
破綻してしまうのである。

現状ではこの件に関して、日本側は、
民間の有志たちがホワイトハウスのホームページに書名を集めるなど、
どちらかといえば正面突破的な対抗策に出ているだけであり、
よく言っても「手詰まり状態」が関の山であろう。

そういう場合は戦線を広げ、
相手側の注意を分散させることで、
彼らの意図を「分割」して、
こちらが「統治(=コントロール)」
する必要が出てくる。

さて、読者の皆さんもそろそろ私の論理展開が、
予測できるようになってきたのではないだろうか。

そう、実のところ、この話のチョークポイントは、
実際にそのような銅像を日本側が建てるかどうかではなく、
少なくともそのような動きを見せれば、
韓国側の活動の力点や集中力を散漫にすることができる、
というところにあるのだ。

--

私たちが今生きているこの時代では、
もはや直接的な軍事衝突を起こしづらい。
しかし人間は常に争っているものであり、
そのような「戦争」は、
現代では「心理戦」や「倫理戦」という形で、
激しく展開されているのだ。

そして、我々日本人が過酷な国際政治の舞台で、
この「危険なビジネス」を闘い抜くには、
戦略的思考を身につけ、意図的にこれを使いこなすことが
極めて重要になってくる。

冒頭で紹介したカーナビのトピックでは、
まさか車会社のほうに
「運転者を混乱させよう」
などという意図はなかったはずだ。

しかし、我々は時として「リアリスト」となり、
「意図的に相手の混乱を引き起こす」
という選択肢を採らなければならない局面がある。

私たち日本人も、そろそろ
冷酷に腹を決める覚悟が必要なのである。

(おくやま)

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さて、早速ですが、・ネオコンをはじめとする勢力が狙ってきた米国の世界一極覇権支配は、長くは続かない。・中国が膨張し、アジアの覇権をねらい、世界は多極構造になる。 90年代から上記のように予想し、米国内でも論争してきたのがリアリスト学派です。

リアリスト学派は、国家のパワー(軍事力、政治力、人口規模、経済力等)がもっとも大事な要素と考え、

正義やイデオロギー、理念は関係ない。国際関係はパワーで決まり、パワーを予測し戦略を立てよう

と考える学派で、19世紀の英国の行ったバランス・オブ・パワーを活用した大戦略を信条とします。

ところが「リアリスト」を自認する日本の親米保守派は、
「経済中心主義」で「安保無料(だだ)乗り」をし続けていますが、
実は、彼らは、以下の2点で決定的、かつ、致命的な誤りを犯していたのです。
そして、そうした日本の政策は、冷酷な米国のリアリストから、
単なる「バンドワゴニング」に過ぎない、と足元を見透かされているのです。

その2点とは、

(1)日本はアングロサクソン(米英)についていれば大丈夫。

(2)米国は「民主制度」と「法治」、「人権」を重んずる日本を信頼し、
   一党独裁の共産主義中国を嫌っている。

ということです。

まず、(1)については、
日英同盟時も上手くいった。だから、これからも米国についてゆけば大丈夫!
万事問題ないというものです。

しかし、我が日本が戦後60年間、幸いにして戦争に巻き込まれなかったのは、
ほとんど偶然の産物であったということは、強く認識しておく必要があります。

米国は国益に係わることならば、いとも簡単に「友達」を切り捨て、裏切る国である。
国論が変われば友好国をあっさり切り捨ててきたことは、これまでの歴史の事実が証明しています。

・日中戦争では、蒋介石を応援しつつも、途中から毛沢東支援にまわった。

・ソ連打倒のためには台湾(中華民国)を切り捨て、中華人民共和国と国交を結んだ。

・ベトナム戦争では出口がみえなくなり、結局南ベトナム支援からあっさり撤退した。

・米国が支援していた南ベトナムは崩壊し、大量の難民があふれ出た。

・イラン・イラク戦争の時、イランが戦争に勝って影響力が拡大することを恐れた米国は、
 サダムフセインに(イラク)に軍事的な支援をした。
 しかし、支援した米国は干渉してこないと思ったフセインは、その後クウェートに侵攻し、
 湾岸戦争、イラク侵攻と2度の戦争で米国に打ちのめされ、最後は米軍に捕まり処刑された。

如何でしょうか?

これでもまだあなたは、アメリカはずっと「友達」でいてくれる!

と思えますか?

次に、(2)についてですが、
欧米メディアなどの報道によれば、米国内における中国の工作員の数は激増しています。
更には、人民解放軍には「政治工作条例」なるものまであります。
彼らは世論戦、心理戦、法律戦からなる「三戦」の任務を与えられ、
まさに今、中国は国策として、米国内で「世論戦」を仕掛けている、というのが冷酷な事実です。

正義や真実でなく、ウソでも現実をつくれると考える中国の
カネも人員もかけたまさに「人海戦術」的な、この国家戦略が功を奏し、
すでに米国世論では「尖閣は日本が強奪した島だ」ということに傾き始めている・・・
この危険な状況を皆さんはご存知でしょうか?

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例えば、韓国との従軍慰安婦問題をみるまでもなく、
日本国内で、いわゆる「保守派」といわれる人達が、
どれだけ「真実」を主張しても、
同じ日本人であるはずの国内左翼勢力がこの外患に呼応するという、
典型的なパターンに陥っている事例は、枚挙に暇がありません。

白州次郎は「日本をプリンシプルのない国」と言いました。
しかし、残念ながら、この分析は現在の日本にも今だに当てはまっているのです。

これらの冷酷な事実を踏まえ、
本サイトで皆さんとともに真剣に考えていきたいのは、以下の2点です。

・日本はいかにして「パワー」を獲得すればいいのか?

・どんな国家像を描き、グランド・ストラテジーを立てればよいのか?

この二つの質問を念頭に据えて、米国のリアリスト思考を学び、
日本におけるリアリスト思考を広げ、リアリスト学派をつくっていく。

これが、このサイト、www.realist.jpの目的です。
あなたも是非議論に加わって下さい。



リアリスト思考を最初に日本にもたらした、
シカゴ学派、元フーバー研究所上席研究員、故・片岡鉄哉先生に捧ぐ

日本がこのままの状態でいけば、
少なくとも十年以内に、二流、三流の地位まで確実に堕ちていくことになる。
現在の日本の状況を冷静に見れば、
どう考えてもそういう結論しか出てこないのだ。
しかし、日本はそのまま堕ちっぱなしというわけではない。

何年後になるかわからないが、日本はしぶとく復活するはずである。
国家というのはいつまでも堕ちっぱなしということはなく、
反省して自覚した国民が生まれ、それが国を復興することになるからである。

そのときに、決定的に必要となつてくるのが「理想」である。

地政学の祖であるマッキンダーは、
「人類を導くことができるのは、ただ理想の持つ魅力だけだ」
と言っている。

しかし彼は、同時に現実を冷静に見る目を
忘れてはならないことを鋭く警告している。
それが地理と歴史を冷静に分析した、
地政学という学問が与えてくれる視点なのである。
彼が一九一九年に発表した『デモクラシーの理想と現実』
という本の題名は、このような理想と現実のバランスの大切さを訴えている。

世界はこれから「カオス化」していく。
これはつまり、世界はこれからますます複雑化した
先の見えない場になるということである。

そして日本は、「カオス化」された状況の中で
自立を目指さなければならないし、
むしろ自立せざるを得ない状況に追い込まれることになるかもしれない。
そして、その中で世界に伍していくためには、
日本人は何よりもまず、リアリズムの思考法を身につけなければならない。

日本人は自分で責任を持って戦略を考えるという思考を捨ててしまい、
安易に平和的な解決だけを求めるという体質が染みついてしまった。
たとえば、外交における戦略も「善か悪か」で判断するため、
善を探そうとするあまり、次の一手がどうしても遅くなる。

しかも、日本が「善かれ」と思って世界に主張したことは、
まずもって善として見られていない。
他国はリアリズムの視点で「日本が何を狙っているのか」
と冷酷に見ているのだ。
だからこそ、わが国も外交戦略を「善悪」ではなく、
「強弱」で見るように訓練しなければならない。
「強弱」とは、現在わが国にとって、
この政策は他国と比べて立場を強めてくれるのか
弱めるものかという冷静な判断である。

弱いのであれば、より強い政策を打ち出さなければならないし、
強いものであれば、政策をより国益に近づけなければならない。
こうしたリアリズムの思考を身につけることは、
むしろ「国際的なマナー」なのである。