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地政学を英国で学んだ
しばらくお待ち下さい。
2012年8月5日 尖閣衝突の「前提」を考えよう(その1)

今回は私がここ数週間ほど考えていた、
日中が尖閣で衝突するシナリオについて論を進めたいと思う。

まず始めに、このようなシミュレーションを行う場合に
戦略家が考えておかなければならない、
「前提」(assumtions)という概念について
ここでしっかりと説明をしておきたい。

この「前提」とはそもそも何なのだろうか?

              -*--*--*-

日本国内で、一般的な教育を受けた人間であれば、
「前提」という言葉を聞いてすぐ思い浮かぶのは、
「あることを考える際の"土台"みたいなものだろう」
といったあたりではないだろうか。

これも確かに正しい解釈ではあるのだが、
英語圏で高等教育を受けた人間たちにとって、
この「前提」という概念は、
日本で考えられているものよりも実はかなり重要度が高い。

とくに「戦略学」のような学問の世界では、
この「前提」を如何に設定するのか?ということが、
その後の論の展開に決定的な影響を与えるため、
最重要視されているのだが、
この事実は日本ではほとんど知られていない。

ここで、「アメ通」読者の皆さんには、
なぜ英語圏の人間は、この「前提」というものを
そこまで重視するのか?ということをしっかり考えて頂きたい。

このことを考えるにあたっては、
原発事故発生後、私たちが嫌というほど耳にした
「想定外」という言葉を"想定"するとわかりやすい。

東京電力は自分たちの過失を説明する際に
「震災の規模は想定外だった」というコメントを多用していた。
東電福島第一原発は、津波や地震などの自然災害に対して
その被害をどの程度まで「想定」して設計されていたのか?
その推測が甘かったということになる。

単純な例を挙げれば、
最大震度五の揺れを「想定」してつくられた原発は、
震度六のレベルの地震が発生すれば、
大惨事になってしまうということだ。
この「想定」が、つまり「前提」ということである。

実は「戦略」というものを考える場合もまったく同じことが言える。

敵対する相手の勢力はどれほどのものなのか?
今そこにある問題の"限界点"はどこなのか?

このような分析が、その後の戦略展開の「前提」となるわけだが、
この「前提」の立て方によって、例えば、戦時であれば、
戦死者の数や物的被害の規模が大きく変わってくるということは、
読者の皆さんも納得して頂けると思う。

「戦略」を立案するにせよ、原発の設計をするにせよ、
その「前提」の設定には多く人命がかかってくるのだ。

              -*--*--*-

この「前提」というものをさらに深く考察する際の
一助となる人物をご紹介したい。
アンドリュー・クレピネヴィッチ(AndrewKrepinevich)
という人物である。

米軍の、いわゆる「エアシー・バトル」構想を立ち上げた人物
といえばピンとくる読者の方も居るのではないだろうか。

彼は「戦略予算評価センター」(CSBA)という
アメリカ国防省との結びつきの深い
民間シンクタンクの代表をとつとめている。

元々は米陸軍の士官で、退役した後は研究員として
冷戦後の世界における紛争の分析を専門に行っており、
現在の米軍の様々な計画のアイディアを出しているのは
彼であるとも言われている。

そんな彼が得意としてきたのが
「シナリオ・プランニング」(scenarioplanning)
と呼ばれる分析のアプローチである。

これを簡単に説明すると、
未来に起こりそうなシナリオをあらかじめ考えておき、
図上演習などを行っておいて、
突発的に発生する不確実な状況にも対応できるような、
組織の柔軟さを確保しておくというプロセスである。

軍事的組織のみならず、あらゆる組織は
いつも自分たちが望んだ形で戦いを行えるとは限らない。
むしろ、「想定外」の形で戦うことになるのが常であり、
いざそのような「不測の事態」が勃発した時に
これに対応できなければ、「命取り」となってしまう。

そして、ここでの大切なポイントは、
「シナリオを考えること」と「未来を予測する」ことは、
根本的に違うということだ。

残念ながら、人間には
未来を確実に予測できるような能力は備わっていない。

ただし、未来という不確実な現象の中でも、
確実に起こりそうな「前提」だけは
朧気ながらでも見据えることは出来るし、
人間ならではの想像力を働かすことも出来る。

これを踏まえて、起こり得るあらゆる事態を考えて
それに対して備えておくのが
「シナリオ・プラニング」の核心であり、その中でも特に、
「将来起こり得る可能性のある問題の中で最も変化しにくい要素」
を探し、それを抽出する作業こそが、その要諦である。

今後起こり得る可能性のある問題に、適切に対処するためには、
その問題の根本的・本質的な原因はどこにあるのか?
ということをまず正確に把握し、
しっかりと現状認識することが致命的に重要である。

この冷徹な「現状認識」に最も必要とされるのが
「前提」を考えて設定するという作業なのだ。

              -*--*--*-

幸か不幸か、我々日本人は、原発事故発生後に、
「想定外」という言葉を何度も聞いたせいで、
ものごとを判断する際の「前提」というものが
どれほど重要なのかを切実に理解することができる。

これからシミュレートしようとしている
尖閣諸島のような国防問題の「前提」については、
既に防衛省や自衛隊の中では頻繁に行われている。

しかし、私が知る限りでは、メディアや学会などで、
このような「前提」の設定について
体系的に論じているものはほとんど存在しない。

このように、議論さえ起こっていない現状、
これこそが日本の国防意識の乏しさと
危機管理体制の致命的な甘さを物語っている。

この状況を何とかして打破させねばならない。

              -*--*--*-

尖閣問題のシミュレートすると言いつつ、
「前提」の説明だけで紙面が尽きてしまったので、
具体的な「前提」とシナリオについては、
次回さらに考えてみる。

ここまでお読み頂いた「戦略家」たる読者の皆さんも、
既にご自身の頭のなかで、
あれこれとシミュレーションが始まっているのではないだろうか。

次回の「アメ通」が配信されるまで、大いに想像力を働かせて、
尖閣問題の最適解を「想定」しておいて頂きたい。

(おくやま)

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さて、早速ですが、・ネオコンをはじめとする勢力が狙ってきた米国の世界一極覇権支配は、長くは続かない。・中国が膨張し、アジアの覇権をねらい、世界は多極構造になる。 90年代から上記のように予想し、米国内でも論争してきたのがリアリスト学派です。

リアリスト学派は、国家のパワー(軍事力、政治力、人口規模、経済力等)がもっとも大事な要素と考え、

正義やイデオロギー、理念は関係ない。国際関係はパワーで決まり、パワーを予測し戦略を立てよう

と考える学派で、19世紀の英国の行ったバランス・オブ・パワーを活用した大戦略を信条とします。

ところが「リアリスト」を自認する日本の親米保守派は、
「経済中心主義」で「安保無料(だだ)乗り」をし続けていますが、
実は、彼らは、以下の2点で決定的、かつ、致命的な誤りを犯していたのです。
そして、そうした日本の政策は、冷酷な米国のリアリストから、
単なる「バンドワゴニング」に過ぎない、と足元を見透かされているのです。

その2点とは、

(1)日本はアングロサクソン(米英)についていれば大丈夫。

(2)米国は「民主制度」と「法治」、「人権」を重んずる日本を信頼し、
   一党独裁の共産主義中国を嫌っている。

ということです。

まず、(1)については、
日英同盟時も上手くいった。だから、これからも米国についてゆけば大丈夫!
万事問題ないというものです。

しかし、我が日本が戦後60年間、幸いにして戦争に巻き込まれなかったのは、
ほとんど偶然の産物であったということは、強く認識しておく必要があります。

米国は国益に係わることならば、いとも簡単に「友達」を切り捨て、裏切る国である。
国論が変われば友好国をあっさり切り捨ててきたことは、これまでの歴史の事実が証明しています。

・日中戦争では、蒋介石を応援しつつも、途中から毛沢東支援にまわった。

・ソ連打倒のためには台湾(中華民国)を切り捨て、中華人民共和国と国交を結んだ。

・ベトナム戦争では出口がみえなくなり、結局南ベトナム支援からあっさり撤退した。

・米国が支援していた南ベトナムは崩壊し、大量の難民があふれ出た。

・イラン・イラク戦争の時、イランが戦争に勝って影響力が拡大することを恐れた米国は、
 サダムフセインに(イラク)に軍事的な支援をした。
 しかし、支援した米国は干渉してこないと思ったフセインは、その後クウェートに侵攻し、
 湾岸戦争、イラク侵攻と2度の戦争で米国に打ちのめされ、最後は米軍に捕まり処刑された。

如何でしょうか?

これでもまだあなたは、アメリカはずっと「友達」でいてくれる!

と思えますか?

次に、(2)についてですが、
欧米メディアなどの報道によれば、米国内における中国の工作員の数は激増しています。
更には、人民解放軍には「政治工作条例」なるものまであります。
彼らは世論戦、心理戦、法律戦からなる「三戦」の任務を与えられ、
まさに今、中国は国策として、米国内で「世論戦」を仕掛けている、というのが冷酷な事実です。

正義や真実でなく、ウソでも現実をつくれると考える中国の
カネも人員もかけたまさに「人海戦術」的な、この国家戦略が功を奏し、
すでに米国世論では「尖閣は日本が強奪した島だ」ということに傾き始めている・・・
この危険な状況を皆さんはご存知でしょうか?

-*- -*-

例えば、韓国との従軍慰安婦問題をみるまでもなく、
日本国内で、いわゆる「保守派」といわれる人達が、
どれだけ「真実」を主張しても、
同じ日本人であるはずの国内左翼勢力がこの外患に呼応するという、
典型的なパターンに陥っている事例は、枚挙に暇がありません。

白州次郎は「日本をプリンシプルのない国」と言いました。
しかし、残念ながら、この分析は現在の日本にも今だに当てはまっているのです。

これらの冷酷な事実を踏まえ、
本サイトで皆さんとともに真剣に考えていきたいのは、以下の2点です。

・日本はいかにして「パワー」を獲得すればいいのか?

・どんな国家像を描き、グランド・ストラテジーを立てればよいのか?

この二つの質問を念頭に据えて、米国のリアリスト思考を学び、
日本におけるリアリスト思考を広げ、リアリスト学派をつくっていく。

これが、このサイト、www.realist.jpの目的です。
あなたも是非議論に加わって下さい。



リアリスト思考を最初に日本にもたらした、
シカゴ学派、元フーバー研究所上席研究員、故・片岡鉄哉先生に捧ぐ

日本がこのままの状態でいけば、
少なくとも十年以内に、二流、三流の地位まで確実に堕ちていくことになる。
現在の日本の状況を冷静に見れば、
どう考えてもそういう結論しか出てこないのだ。
しかし、日本はそのまま堕ちっぱなしというわけではない。

何年後になるかわからないが、日本はしぶとく復活するはずである。
国家というのはいつまでも堕ちっぱなしということはなく、
反省して自覚した国民が生まれ、それが国を復興することになるからである。

そのときに、決定的に必要となつてくるのが「理想」である。

地政学の祖であるマッキンダーは、
「人類を導くことができるのは、ただ理想の持つ魅力だけだ」
と言っている。

しかし彼は、同時に現実を冷静に見る目を
忘れてはならないことを鋭く警告している。
それが地理と歴史を冷静に分析した、
地政学という学問が与えてくれる視点なのである。
彼が一九一九年に発表した『デモクラシーの理想と現実』
という本の題名は、このような理想と現実のバランスの大切さを訴えている。

世界はこれから「カオス化」していく。
これはつまり、世界はこれからますます複雑化した
先の見えない場になるということである。

そして日本は、「カオス化」された状況の中で
自立を目指さなければならないし、
むしろ自立せざるを得ない状況に追い込まれることになるかもしれない。
そして、その中で世界に伍していくためには、
日本人は何よりもまず、リアリズムの思考法を身につけなければならない。

日本人は自分で責任を持って戦略を考えるという思考を捨ててしまい、
安易に平和的な解決だけを求めるという体質が染みついてしまった。
たとえば、外交における戦略も「善か悪か」で判断するため、
善を探そうとするあまり、次の一手がどうしても遅くなる。

しかも、日本が「善かれ」と思って世界に主張したことは、
まずもって善として見られていない。
他国はリアリズムの視点で「日本が何を狙っているのか」
と冷酷に見ているのだ。
だからこそ、わが国も外交戦略を「善悪」ではなく、
「強弱」で見るように訓練しなければならない。
「強弱」とは、現在わが国にとって、
この政策は他国と比べて立場を強めてくれるのか
弱めるものかという冷静な判断である。

弱いのであれば、より強い政策を打ち出さなければならないし、
強いものであれば、政策をより国益に近づけなければならない。
こうしたリアリズムの思考を身につけることは、
むしろ「国際的なマナー」なのである。